食育のチカラ

東京農工大学農業研究院(環境教育・社会教育)
教授 朝岡 幸彦

vol.12

日本の農業をみる視点 ~食育と地域づくり②

日本農業の「近代化」の行末

 いま一度、私たちの暮らす日本の農業が、この100年ほどの間にどのように変化してきたのかを振り返りましょう。あまり知られていませんが、実は、1950年代まで農林漁業が日本の主要産業の一つでした。この頃まで第1次産業従事者の割合がほぼ50%を維持しており、これが急速に減り始めるのは1960年代以降のことです(図1)。高度経済成長政策のもとで農業基本法(1961年)を中心とした農業近代化政策、いわゆる「基本法農政」が進められたのです。農業構造改善事業(中大型機械化一貫体系、圃場整備事業など)が農村に広く導入され、その延長上に減反・転作政策が位置づけられました。その結果、1960年以降の総農家数は明らかな減少を続け、606万世帯あった農家は2005年には285万世帯(53%減)にまで減少したのです(図2)。専業農家の減少に対して増加を続けていた兼業農家も1970年をピークに減少を始め、農山村地域の過疎高齢化が著しく進みはじめます。国勢調査(2005年度)にもとづく産業別就業者の高齢化割合をみる限り、農業従事者に占める65歳以上の高齢者の割合は51.5%(75歳以上は17.9%)であり、全人口に占める高齢者(65歳以上)の割合23.1%(2010年度)の2倍以上となり、他の産業に比べても明らかに高齢化が進んでいます(図3)。そして、農家数の減少と過疎高齢化が進む中で、日本はますます食料を輸入に頼るようになってきました。1965年にはカロリーベースで70%を越えていた食料自給率は、2009年には40%程度(2016年度に38%)にまで下がっているのです(図4)。
 その後、日本政府は農業基本法に代えて食料・農業・農村基本法(2009年)を制定して、農地・農業の多面的機能を評価し、国土保全機能(環境保全)を視野に入れた農業政策への切り替えを図ろうとしました。しかしながら、グローバリゼーションのもとで引き続き国際競争力のある農業の生き残り(輸出型農業)を模索しており、TPPEPA、FTAへの積極的な対応が目立ちます。貿易自由化に対する農林漁業関係者の不安や反発は大きく、国内消費者が農産物に対してより高い安全性と安心を求める傾向が高まっていることにも配慮しなければなりません。

日本の風土に合った農法の模索

 日本の社会にとって、明治維新(1868年)は資本主義経済への重要な出発点でした。国家・社会の資本主義化は、村落共同体(ムラ)の解体による市場の創出を前提とします。それまでの労働集約的な農業のあり方を転換するために、明治政府は当初、欧米型の農法の導入を進めようとしました。しかし、この試みは見事に「失敗」したのです。そこで、明治政府は「老農」と呼ばれる在来農法の指導者たちに注目することにしました。ある意味で、トップダウン型をボトムアップ型に切り替えたのです。こうして生まれた農法は「明治農法」と呼ばれています。
 第2次世界大戦の敗戦によって、日本農業には新たな展開の可能性が生まれました。戦後日本を占領下に置いたGHP(連合国軍最高司令官総司令部)は、1947年に寄生地主制の解体を目的とした農地解放(農地改革)を日本政府に指令しました。日本政府は地主の保有する農地を安値で買取り、耕作していた農民たちに払い下げたのです。その結果、1950年代には新しい農業の発展基盤が生まれていました。
自作農」を基盤とした 高い営農意欲に支えられた農業経営。
農村社会教育(青年団、婦人会等)に象徴される農村の民主化。
耕運機に代表される小型機械化体系の登場。
 ここに、「明治農法」に代わる「戦後農法」の可能性が生まれていたと見ることができます。

「もう一つの農業」のあり方を模索する動き

 いわゆる高度経済成長とそれを支える産業政策(いわゆる基本法農政)が、日本農業の内発的発展の基盤を掘り崩し、「戦後農法」の可能性をつぶしてしまったと考えることがでます。こうした困難な状況のもとで、政府が進める農業近代化政策や補助事業が目指した大規模農業への道とは異なる、「もう一つの農業」のあり方を模索する動きが注目されています。あえて農政と距離をおいた農法によって成功した農民たちに、現代の「老農」としての役割が期待されています。例えば、NHKの番組「プロフェッショナル仕事の流儀」(図5)で紹介された無農薬りんごの木村秋則さん合鴨農法の古野隆雄さんマイペース酪農の三友盛行さん無農薬・有機農業で知られた金子美登さん日本で一番高いお米を作ると言われている石井稔さんなどが、その典型といえるでしょう。
 いずれにせよ、農業の教育的価値について考えるうえで、現実の農業・農村のありようや子どもたちの食をめぐる現場の状況と切り離して議論することはできません。そこで、次に農山漁村に若者が戻る現象(U・I・Jターン)について考えたいと思います。
朝岡幸彦(あさおか ゆきひこ/東京農工大学)