食育のチカラ

東京農工大学農学研究院(環境教育・社会教育)
教授 朝岡 幸彦

vol.20

家畜が免疫をもたらした ~食と食育を考える100冊の本(2)

ジャレッド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』草思社、2013年
 この本のタイトルを見たことのある人は、かなりいるのではないでしょうか。すでに古典ともいえる本書ですが、1998年度ピューリッツァー賞一般ノンフィクション部門等を受賞し、2000年に翻訳が出版されると日本でもベストセラーになりました。興味深いのは、日本語版の表紙カバーになり、「第3章 スペイン人とインカ帝国の衝突」をはじめ、繰り返し記述されるピサロによるインカ帝国皇帝アタワルパの捕捉に象徴される、新大陸へのヨーロッパ人の支配を成功させた要因に「病原菌」を加えていることです。この病原菌の一つである新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に苦しむ私たちにとって、病原菌のパンデミックが農耕・牧畜と深い関わりをもつことは、私たちの食を考えるうえで多くの示唆を与えています。

なぜ、世界は同じように発展しなかったのか!?
 1972年夏に生物学者としてニューギニアの鳥類の進化を研究していたダイアモンドは、ニューギニアの優れた政治家であるヤリから一つの質問をされます。

 あなたがた白人は、たくさんのものを発達させてニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?


 人類はおよそ700万年前にアフリカで誕生しています。そして、私たちの直接の祖先にあたるホモ・サピエンスも、約20万年前にアフリカに生まれて世界中に拡散していったと考えられています。では、なぜアフリカの文明がもっとも早く発展して、世界を制服することにならなかったのでしょうか。いまから1万3000年〜1万年前には5大陸のすべてに人類が到達し、同じ狩猟採集生活を送っていたにもかかわらず、なぜ大きな差が生まれたのでしょうか。
 この素朴であるものの、深い問いかけに答えるために、この差が西暦1500年頃にはすでにあったことに気づき、1万3000年前にさかのぼって「世界の不均衡」を生みだした要因を探ろうとします。

 紀元前1万1000年、最終氷河期が終わった時点では、世界の各大陸に分散していた人類はみな狩猟採集生活を送っていた。技術や政治構造は、紀元前1万1000年から西暦1500年のあいだに、それぞれの大陸ごとに異なる経路をたどって発展した。まさにその結果が、西暦1500年の時点における技術や政治構造の不均衡をもたらしたのである。


 つまり、「なぜ、人類社会の歴史は、それぞれの大陸によってかくも異なる経路をたどって発展したのだろうか?」という問いであり、その一つの糸口が「さまざまな民族のかかわりあいの成果である人類社会を形成したのは、征服と疫病と殺戮の歴史だからである」と考えます。ただし、その要因を「人種による優劣という幻想」に求めることは、「たんにおぞましいだけでなく、誤っている」と否定しています。そこで、「それぞれの大陸の環境の差異」が人類社会の歴史にどのような影響をおよぼしたのかを考察することにしたのです。

農耕・牧畜が世界に格差を生み出した
 そうした大陸の環境の違いが、どのように社会のあり方にちがいをもたらしたのでしょうか。大陸によって農耕や家畜飼養が始まる時代が異なることや、その後の発展の仕方に違いがあることに注目します。
 問題は「どうすればより多くの人口を養えるのか」ということだというのです。狩猟採集生活を支える野生の動植物は、①人間が消化できないもの、②毒のあるもの、③栄養価が低いもの、④料理するのが面倒なもの、⑤集めるのがたいへんなもの、⑥危険で捕まえられないもの、のいずれかに該当すると指摘しています。しかし、「農耕民は、土地を耕し家畜を育てることによって、1エーカー(約4,000平方メートル)あたり。狩猟採集民のほぼ10倍から100倍の人口を養うことができる」「家畜は肉や乳、肥料を提供し、また鋤を引くことで食料生産に貢献する。そのため、家畜を有する社会はそうでない社会よりも多くの人口を養うことができる」のです。とりわけ大型の家畜は、①糞を肥料にできる、②農耕に適さない土地の耕作(深耕)を可能にする、などのメリットも加わります。また、農耕民に不可欠となる定住生活は、母親の負担を減らして出産間隔を短くする(移住生活は約4年間隔、農耕社会はおよそ2年)とも指摘しています。
 ところが、こうした家畜化の条件(①餌の効率の良さ、②成長が早い、③人間のそばで繁殖できる、④気性が比較的に温厚である、⑤パニックを起こしにくい、⑥集団内の序列がはっきりしている)が、すべての野生動物に備わっているわけではありません。

 哺乳類で家畜化されているのは、ほんの数種類の陸生の大型草食類だけである。これは家畜化の問題について考えるうえで、非常に重要なポイントである。大型草食動物の「大型」を、「体重100ポンド(約45キロ)以上」と定義すると、20世紀までに家畜化されたのは、たった14種にすぎない。これら「由緒ある14種」のうち限定された地域だけで重要な存在となったのは、ヒトコブラクダ、フタコブラクダ、ラマ/アルパカ、ロバ、トナカイ、水牛、ヤク、バリ牛、ガヤルの9種である。「由緒ある14種」のうち、世界各地に広がり、地球規模で重要な存在となったのは、牛、羊、山羊、豚、馬の「メジャーな5種」である。


 さらに、この家畜化された大型草食哺乳類が地域的に偏在しており、南米大陸に1種類、北米・オーストラリア・アフリカ大陸(サハラ以南のアフリカ)には1つも生息していないことが明らかにされます。つまり、14種のうち「メジャーな5種」すべてを含む13種がユーラシア大陸(北アフリカを含む)に生息していたという事実です。もちろん、ユーラシア大陸は他の4大陸に比べて面積も大きく、地理的・気候的多様性を持っているという有利な点はあるのですが、南米のラマ/アルパカがなぜ中米のアステカ文明や北米のネイティブ・アメリカの文明に広がらなかったのかを考えると、ここには面積の大きさ以外の条件がある可能性があるのです。ともかく、結果としてユーラシア大陸とその周辺地域の文明は食用や使役に適した大型家畜を手に入れていたのに対して、それ以外の大陸の文明はこうした手段を持っていなかったということが重要です。

家畜がくれた死の贈り物
 すべての野生動物(主に大型哺乳類)が家畜に適しているわけではない、ということをご理解いただけたと思います。同じように、すべての野生の植物(主に穀類・芋類)が栽培作物に向いているわけではありません。こうした栽培しやすい、家畜化しやすい(飼育と家畜化とは分けて考える必要があります)動植物を手に入れることのできた地域では、狩猟採集民より有利な立場で農耕牧畜を始めることができ、食料を多く生産することで「人口の周密な集団」を形成できたと考えられています。
 しかし、家畜との共生は「人獣共通感染症」という新たな脅威をもたらしました。天然痘やインフルエンザ、結核、マラリア、ペスト、麻疹(はしか)、コレラ、そしていま私たちが直面している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)などのように、非常に深刻な症状を引き起こし、私たちの多くに死をもたらすものもあります。

 近代人の主要な死因に数えられるこれらの感染症は、もともと動物がかかる病気だったが、いまでは人間だけが感染して動物は感染しない。人間の死因でいちばん多いのは病死である。そのため、病気が人類史の流れを決めた局面も多々ある。たとえば、第2次世界大戦までは、負傷して死亡する兵士よりも、戦場でかかった病気で死亡する兵士の方が多かった。…過去の戦争において勝利できたのは、たちの悪い病原菌に対して免疫を持っていて、免疫のない相手側にその病気をうつすことができた側である。


 確かに、家畜との共生は農耕民に豊かな食糧とともに、「周密な集団」をつくることでますますリスクの高い感染症のブレイクアウトをもたらしました。こうした犠牲を払いながらも、家畜を飼い、周密に暮らすことで農耕民は、その人口を大きく増やしてきたのです。そこで、私たちの祖先(ユーラシア大陸の辺縁の島に暮らす私たち)に何が起こったのでしょうか。

 歴史上、同じ病原菌に繰り返しさらされてきた民族は、その病原菌に対する抵抗力を持った人びとの割合が高い−そうした遺伝子を持たなかった不運な人びとの多くは、死んでしまって(自然淘汰されてしまって)、子孫を残せなかったからである。
 この自然淘汰による防御メカニズムは、遺伝的に抵抗力が弱い人には何の役にも立たないものの、人間の集団全体の抵抗力を遺伝的に強化している。


 もちろん、家畜との共生をはじめとする人間と他の生物との接触が、いつも人間を病気にするわけではありません。少なくとも、こうした集団感染症に抵抗力のある遺伝子もった人びとの子孫である私たちも、周期的に人獣共通感染症にさらされてきたことは事実です。こうした感染症には、共通する特徴があるといわれています。

 急速に広がり、症状が急速に進む病気は、集団全体にたちどころに蔓延する。そして感染者は、短期間のうちに死んでしまうか、回復して抗体を持つようになるかのいずれかで、感染したままいつまでも生きつづけることはない。そして、感染者の数の減少とともに、人間の生体中でしか生きられない病原菌も、そのうち死滅してしまい、それとともに大流行も収束してしまう。つぎの大流行は、抗体を持たない新生児がかかりやすい年齢に達し、集団外部から新たな感染者が訪れるまで起こらないのである。


 このように農耕社会の始まりと都市の誕生は、病原菌にとって「とてつもない繁殖環境」をもたらしました。

集団感染症との共生は可能なのか?
 ここで、ユーラシア大陸以外の大陸で農耕がなぜ発展しなかったのかという問題に戻りましょう。これを感染症という視点から見ると、なぜ「旧大陸を起源とする感染症のうち、10種類以上が新大陸の人びとに感染している。しかし、新大陸からヨーロッパに伝播した致死性の感染症はおそらく一つもない」(梅毒には議論の余地がありますが)のか、という問題になります。

 ユーラシア大陸を起源とする集団感染症の病原菌は、群居性の動物が家畜化されたときに、それらの動物が持っていた病原菌が変化して誕生したものである。ユーラシア大陸には群居性の動物が何種類も生息していた。しかし南北アメリカ大陸には、たった5種類しかいなかった。
 新世界で家畜として飼われていた動物の種類が少なかったのは、家畜化の対象となるような野生動物がもともとあまり生息していなかったからである。南北アメリカ大陸では、野生の大型哺乳類の80パーセントが、およそ1万3000年前の最終氷河期の末期に絶滅してしまっている。しかしアメリカ先住民が家畜化できた数少ない種類の動物は、牛や豚にくらべると、集団感染症の病原菌の祖先になるような菌を持っていそうもない。


 ユーラシア大陸を起源とする病原菌は、他の大陸やその周辺の島々に暮らす先住民の人口を大幅に減らしたと考えられています。これは、ヨーロッパ人をはじめとしたユーラシア大陸の人びとが「家畜との長い親交から免疫を持つようになった病原菌を、とんでもない贈り物として、進出地域に渡した」といえます。
 さて、ジャレッド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』の前半部分を解説しましたが、私たちの視点を広げてくれる指摘がいくつも後半部分で展開されていますので、機会があれば読んでみてください。
 いま私たちは、世界で2億2818万2335人が感染し、468万5838人が亡くなっている(2021年9月19日17時時点)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックという、歴史的な感染症の渦中で暮らしています。ようやく、日本国内のワクチン接種率が5割を超えて、遠からずほとんどの人(願わくば90%の人)がワクチンを摂取して重症化リスクを下げる(だけでなく集団免疫を獲得できる)ことになるでしょう。しかしながら、専門家は年末に第6波の感染ピークが来ることを予測し、「マスクなしの生活」(3密の回避、マスク着用、手指の消毒等)を脱するにはあと2~3年かかると見ています。しかし、私たちは悲観ばかりしているわけにはいきません。仮に、世界中のほとんどの人がワクチン接種を完了し(変異株を生み出さない)、有効な医療と検査・治療薬が普及するようになれば、いまの新型コロナウイルス感染症の致死率2%(日本国内は1%)を、季節性インフルエンザの致死率0.1%まで下げることができるはずです。ワクチン摂取の完了や72時間以内の陰性証明のある人には、一定の条件をつけてさまざまな活動を再開することもできます。もうしばらくの辛抱です。
朝岡幸彦(あさおか ゆきひこ/東京農工大学)