消費者が知らない“間(あいだ)”の話

東京農業大学 応用生物科学部 栄養科学科 管理栄養士専攻3年 家鍋 萌子


監修:東京農業大学 応用生物科学部 栄養科学科 保健栄養学研究室 日田 安寿美


農業実習を通じて私が感じたこと。それは生産者の方の努力・苦労と生産者の方への感謝の気持ち、そして命をくれた生物達への感謝のきもちです。

私は、「村の会」という部活動を通じて、今までに4回北海道で酪農を経験させていただきました。2~3週間ずつ農家さんのお家に泊めてもらい、毎日実習を行いました。この実習を通じて、たくさんのことを学びました。そして、特に感じたのが、上記の生産者の方の努力・苦労と生産者の方への感謝の気持ち、そして命をくれた生物達への感謝の気持ちです。


一日の流れは、朝6時頃から牛舎掃除→仔牛に哺乳→搾乳準備(器具の洗浄・殺菌、餌やり)→搾乳→餌やりで、これで朝の作業が終了します。終わったころには、9時になっています。朝ごはんを食べ、10時過ぎから午前中の作業(牧場の整備や牛舎掃除・大工仕事など)を行い、12時頃にまた牛舎に戻り、掃除し、昼の餌をあげます。これを終えるともう14時に近くなっています。ここで、昼ごはんを食べ、17時頃まで休憩し時間になったらまた搾乳の準備に取り掛かります。夜の搾乳が終わるともう21時に近くなります。この時間は、実習生が来ている時の時間なので、普段の農家さんは23時頃まで牛舎で作業をしています。
出産の近い牛がいれば、作業後も様子を見に深夜も牛舎にいることもあります。実際に深夜の3時に牛が生まれ、生まれた牛と母牛のケアをしなければいけないのでケアをした後、4時に寝て、6時に起きるということもありました。このように、酪農家の方は一日のほとんどが働きっぱなしで、搾乳は毎日やらなければならないので、365日休みもありません。牛の状態によっては、夜中まで付きっきりのこともありますし、本当に大変です。私たち部員も毎日くたくたになり、毎日夜ご飯を食べながら寝てしまうくらい仕事がハードでした。酪農がとても大変な仕事だということが分かっただけでも、日ごろ飲んでいる牛乳やお肉に対する感謝の念がわきました。


しかし、酪農に深くかかわっていく内に様々な知識が増え、この気持ちがどんどん大きくなっていき、他の人にも伝えたいと思うようになりました。乳牛のオスは生まれると一年と少しでもう肉用にされます。またメスの乳牛は乳が出なくなってくると肉用として出荷されていきます。このことを知っている人は少ないです。私も実習に来て初めて知りました。人間の都合で牛乳がたくさんとれるように改良され、牛乳が取れなくなったら肉にされる。しょうがないことなのだけれど、私は牛って可哀想だ、と思ってしまいました。そして、私たちのために牛乳やお肉をくれてありがとうとも思いました。

授業の様子1。


これは、ある一頭の牛が乳牛としての役目を終え、肉用として出荷されるときの写真です。右に立って連れていかれる乳牛をみつめている方が農家のご主人です。ご主人は、出荷されていく牛を何もいわず、見えなくなるまで見つめていました。何を考えていたのかを聞くことは、とてもできなかったです。牛をのせたトラックがみえなくなって初めて口を開いた農家さんは、「おいしい肉になってくれれば、それでいい。」とおっしゃいました。私にはとても重たく、心に残った言葉でした。私たちは牛がお肉になることを知ってはいますが、このような出来事が日々どこかで起きていることを想像しながら食事をしているでしょうか。生産者から消費者までの“間”には様々なストーリーがあるのです。


生まれた瞬間をみて、それから出荷まで哺乳をしていた雄の乳牛がいました。毎日朝と夜、ミルクを作り飲ませていました。しばらく経つと、ミルクを持っていなくても、私が声をかけただけで立ち上がり寄ってきて甘えてくるようになりました。かわいくて、愛着がわいてしまいました。出荷の日、その雄の子牛と別れるのが悲しくて沈んでいると、ご主人が「家畜に愛着を持ってはだめだ、うまい肉になってくれたらそれでいいんだ。」と声をかけてくださいました。それ以来私も、出荷されていく牛には、ありがとう、美味しいお肉になってねと声をかけるようにしています。牛だってかわいそうだと思われて食べられるより、美味しいよ、ありがとうと思って食べてもらいたいはずです。そして、毎日美味しい牛乳やお肉を私たち消費者に届けたいと努力してくれている農家さん達もそれを望んでいます。


酪農はこのような精神的に辛い場面もあります。また、肉体的にも危険な仕事でもあります。これは、仕事が肉体労働ということと、牛が大型動物であるため危険な時もある、という意味です。私も身をもって経験しました。搾乳中に牛が他の人の気配に驚いて動き、搾乳をするために牛の足元にしゃがんでいた私の足を踏んでしまいました。一瞬がとても長く感じ、牛が足をどけてくれるまで私は何もできませんでした。800kg以上もある牛の体を人間の力でどかすなど到底できません。牛の足がどいて、自分の足は自由になりましたが、しばらく普通に歩くことが出来ないし、痛みも強かったのですが、まだ搾乳の途中で担当の牛が何頭も残っていたため、痛みをこらえ搾乳・餌やりをやりとげました。家にかえり足を雪で冷やしてから寝ましたが、次の日自分の足をみるとふまれた部分を中心に広範囲が真っ青になっていました。「あざが出来てしまったな」、とだけ思いいつものように実習の最終日まで作業を休むことなく続けました。痛みはありましたが、農家さんに迷惑をかけたくないの一心で実習に取り組んでいました。実習を終え実家に帰ると足が痛み出したので、病院へいきました。レントゲンを撮ると骨が折れていました。実習中は根性でなんとかなっていましたが、実際は牛に踏まれて骨折していました。骨折をして私が感じたことは、搾乳はとても危険な作業なのだということです。今までにも搾乳中に顔や体を牛に蹴られたりして危険な場面は何度もありましたが、今回のけがで酪農は常に危険と隣り合わせなのだなと再確認しました。その危険な状況の中で、今日も農家さんは私たちのために牛の世話をしてくれています。このことを、肉や牛乳を食べ残している人は知っているのでしょうか。そして、知っていたら食べ物を残すことが出来ますか?


私たちが普段口にしている食べ物は、どこかの誰かがたくさんの苦労や努力をして、私たちに届けてくれたものです。そして、食べ物があるということは、その生物が犠牲になってくれているということです。これは当たり前のことです。しかし、この当たり前のことを忘れている人がまだまだ多い、私はそう感じています。飽食の時代と呼ばれ、季節に関係なく様々な野菜が売られ、外国の肉が輸入され値段にも困らない、そういう時代が私たちの感覚を麻痺させています。この感覚麻痺を取り除くために、私たち消費者は生産者の方に歩み寄り、食べ物が私たちのもとに届くまでの“間”のことを学ぶべきです。この“間”を知らないから、生産者の方の苦労や努力が見えていない、食べ物が元は命ある生物だった、ということに気付かないのではないかと私は考えています。ぜひ、今を生きる人たちにはこの“間”の話を知ってもらいたい、そして次の世代にもこのことを伝えていって欲しいと思います。小さな気づきの蓄積が、いつか、食べ物を大切にし、残さない、感謝の気持ちを忘れない、という大きな行動変容につながることを、私は願っています。





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