流通技術の発達や貿易が盛んになったことにより、日本では現在、世界各国の文化を国内にいながら楽しむことができます。例えば昔は貴重であった砂糖が、今は調味料の一つとされ、地球の裏側でとれるコーヒーが嗜好品として日常に溶け込んでいます。1つの物を例にとってみても私たちは様々な種類の中から商品を選択できる環境にいます。みなさんは、どの商品を「選択」するのかによって「個人」や「社会」に及ぼす影響について考えたことがあるでしょうか。
私は、大学4年間、栄養学を学ぶと同時にフェアトレードの活動に携わって来ました。まずは「知ってもらうこと」がフェアトレードの活動をする上で私が最も大切にしていることです。
フェアトレード(fair trade)とは、直訳すると“公平な貿易”で、経済的・社会的に弱い立場にある発展途上国で作られた作物や製品を適正な価格で継続的に取り引きすることによって、生産者の生活向上を支える仕組みのことをいいます。フェアトレードの商品は、日本ではあまり生産されていないようなコーヒーやスパイス、綿花など、現在でも私たちが輸入に頼っている食品や衣料品が多くを占めています。
生活の向上を必要とする生産者と、「安心・安全」を求める消費者の橋渡しをするフェアトレードは、NGO(非政府機関)などのフェアトレード団体や企業を通して成り立っています。生産者に対しては、適正価格での商品の販売と、生産技術などに関する知識の提供による生活の保障を行い、消費者に対しては、生産者や商品の情報提供をすることにより「安心・安全」の保障を行います。また、生産者の健康面、消費者のニーズに対応し、有機栽培、減農薬、同じ土地での継続した栽培のための環境への配慮が行われています。
フェアトレードが生まれた背景には、児童労働や女性の社会的地位の低さがあります。国によってその理由は様々ですが、例えばネパールでは、子どもを学校へ行かせることで知識や経験を身につけさせることが、長期的に見れば家族の収入の支えになるとわかっていても、貧困のため、子どもを働きに出さなければ生活していけないということがあります。また、生活費や子どもを学校へ行かせるための教育費を稼ごうと、女性が仕事をしたくても、「女性は家事をするもの」「女性が外で仕事をする=夫の収入が低い」と社会から見られる文化がネパールには根強く残っているため、結局子どもに働いてもらうほかない、という悪循環も生じています。
ここで、資金援助を行って、一時的に子どもを学校へ行かせることが出来たとしても、何かしらの理由で援助が途絶えてしまえば、生活を改善していく糸口を失ってしまう危機感を途上国は常に抱えて過ごしています。こういった状況の中から、「資金援助ではなく、私たちの伝統を生かした商品を公正にトレード(貿易)させて欲しい」という生産者たちの声が起こり、そこからフェアトレードが始まりました。
フェアトレードでは、女性が家事をしながらでも家や近所で出来る仕事の技術支援や、仕事をすることについて家族の理解を得ること、女性だけでなく農場で働く人たちが継続して仕事が出来るように経済面や健康面を考えた仕事環境の整備を行っています。しかし、生産者の労働現場を改善しても、商品が売れなければ意味がありません。継続的な売上を出せるように、消費者が理解し、納得した上での購入が必要です。
この場をお借りして、私の行ってきた活動についてご紹介したいと思います。今から約6年前、大学の先輩がフェアトレード学生有志団体「7インチ(セブンインチ)」を立ち上げました。きっかけは、「あまりにも学生や教師がフェアトレードについて知らない」ことに気付いたことだそうです。「自分たちの活動から世界が一歩(7インチ)でも前進しますように」という願いが込められています。私たちは、フェアトレード商品の普及活動を通して、生産者・消費者双方のことを考えることの重要性を伝えようと活動しています。しかし、フェアトレード商品が簡単に手に届くところに無ければ、人にいくらその重要性を伝えようと思ってもなかなか伝わりません。「食べて・見て・触って」という体験は何より説得力があります。これは、食育活動にも通じるものがあるのではないでしょうか。7インチのメンバーは、この「体験」に目を付け、大学生協にフェアトレード商品を導入する活動を始めました。小さな団体ですが、6年間継続してこれらの商品を生協で販売するということは、関東の大学のなかでも最も長い活動なのだそうです。実際に、「7インチを通してフェアトレードを知った」「授業でも耳にするようになった」という声を年々聞くようになりました。また、学内での認知度向上に加え、他大学の学生同士でネットワークを広げ、情報を共有することでお互いにより良い活動にしていこうとしています。
私は大学2年生のときから、「7インチ」の代表を2年半務めました。私たちは、大学生協でのフェアトレードコーナーの設置や、試飲・試食会、大学の収穫祭ではパネル展示とフェアトレード商品を活用した模擬店の実施など、各種のイベントを通して、その商品を生産した生産者について考える事を伝える活動をしていました。代表を務め始めた頃、私たちの活動を耳にしたNGO団体「パクパク・ナティン」の方が、大学の近くに住んでいらっしゃるという繋がりで、「学生の視点」から私たちの商品について意見が欲しいとお話を頂きました。
パクパク・ナティンはフィリピンにあるいくつかの団体とフェアトレードをしています。その中の一つであるKILUS財団では、「自分たちの川を綺麗にしよう」と、異臭を放つほど汚染されていたパッシグ川のゴミを回収する活動をしています。そこで集まったフィリピンでよく飲まれているジュースのパックのデザイン性に目をつけ、これをリサイクルしてファイルやポーチ、バッグなどの商品を開発しました。その商品について、学生に実際に使ってみてもらい、改善点や思うことを教えてほしいということでした。
早速、私たちはミーティングを開き、各商品について「ポーチはマチがあった方が使いやすいな」「(加工前のジュースパックを見て)裏面を廃棄するのはかわいいのにもったいない」といった私たちの意見を出しあいました。その一方で、パクパク・ナティンがミシン1台で作っている生産現場の技術や手に入る素材について教えてくれたことにより、私たちは消費者の意見と生産者の意見の両方をバランスよく実現することの難しさを学びました。私たちの意見は、実際にフィリピンへと伝えられ、今まで廃棄されていたパックの裏面が活用されるようになり、廃棄量の削減や、商品のバリエーションの増加に貢献することができました。
フィリピン、KILUS財団のジュースパックリサイクル商品で、大学生協でも販売しています。
パッシグ川は、今では綺麗になりました。写真の商品は、工場でミスプリントされたものや学校で回収されたジュースパックから作られています。
また私たちは、学生だけではなく一般の方にもフェアトレードについて伝える機会を持ちたいと考え、年に1度開催されている世田谷「雑居まつり」に参加し、パクパク・ナティンのブースの横を借りて、フェアトレードと生産者の現状についてのクイズを行いました。お祭りには子どもも大人も来ていましたし、フェアトレードのことを知っている人も、間違って理解している人もいて対象は実に様々でした。私たちは来てくれた人達にパネルや世界地図、写真などを使って、まずは興味を持ってもらうことから始め、次にそれぞれの対象者にあわせてわかりやすい説明を意識しながらクイズを行いましたが、それは想像以上に難しいことでした。しかし、横で商品について丁寧に説明するパクパク・ナティンの方の様子や、それを聞く来場者が実際に商品を手にとって、生産者についての話を聞き、納得して買っていく姿を見て、まずは知ってもらうことがきっかけになるのだと改めて実感しました。
フェアトレードにも、7インチにも、まだまだ課題があります。フェアトレードはどうしても小さな地域、家族単位との仕事になりがちで、継続しなければ生活も向上へとつながらず、普及しなければなかなかフェアトレードに参加する生産者を増やすことができません。しかし、フェアトレードを行っているネパールの紅茶農園では、以前は子どもも毎日働かなければ生活が成り立たなかった状況でしたが、有機のコーヒー・紅茶の農業支援により、子どもたちは週1回、2回と学校へ通えるようになり、現在では奨学金の仕組みが作られ、「勉強をして将来は医者になって村を助けていきたい」という手紙が日本に届くまでになっています(NGO「ネパリ・バザーロ」より)。
初めに、フェアトレードを「知ってもらうこと」が私の大切にしていることと述べさせて頂きましたが、フェアトレードについて正確に伝える事により、消費者の商品選択肢の幅が広がり、少しずつ普及へと広がって行くのだと考えています。まだまだ価格が高いフェアトレード商品です。これらを無理して毎日買い続けることは、フェアトレードの「生産者」と「消費者」のバランスを崩しかねません。食について学び、フェアトレードについて考えてきたこの4年を通して、私は強制ではなく、自分の生活レベルに合わせて商品を選択していくということが何より大事なのだと思っています。「安心・安全」な食品の供給システムを維持し向上させていくためには、生産者は「安全なものを提供すること」、企業は「正確な情報を提供し、橋渡しを担うこと」、消費者は「正確な情報を知った上で、商品を選択していくこと」、この3者がそれぞれを思いやって成り立つ、顔の見える関係を築いていくことが、これからは今まで以上に大切になるのではないかと思います。この3者の目指すところが、これからの食育の目指すところに通じるのではないでしょうか。