Vol.29 心に響くおやつの時間
~"おやつの先生"として考えたこと~
東京農業大学 応用生物科学部 栄養科学科 管理栄養士専攻 池上 球美
「先生、何してるのー?」 「今日は白玉団子を丸めてもらおうかな。手をきれいにしてきてね。」 私は現在、地域の子供会でおやつを用意するボランティアをしています。この子供会は子供が木の実や枝、布、毛糸を使って季節の手仕事を体験したり、わらべ歌や童謡を歌ったりする会で、年少から小学校4年生まで全部で29人の子供たちが月1回集まります。今回はこのおやつ作りを通して考えたことについてお話したいと思います。
手作りおやつのはじまり
この子供会では子供たちの手仕事の時間が終わるとおやつの時間になります。以前は市販のお菓子を提供していました。しかし、ある時、「この会自体が手仕事を楽しむことが趣旨なのだから、おやつも手作りできたらもっと素敵なのでは?」というアイディアが持ち上がりました。私自身も手作りおやつを出来立てで食べられればより楽しい時間を作れると思ったため、おやつの段取りをする"おやつの先生"を引き受けることにしました。こうして、子供会で手作りおやつがスタートしたのです。
こんなおやつを作っています
毎月のおやつやそのレシピは、私が中心となり他のスタッフと相談して決めます。おやつを決めるにあたり、私は次の三つのことを大切にしています。
一つ目は、旬の食材を使い季節感を出すことです。例えば、「梅の実がなったから、梅シロップを漬けよう」、「新じゃがの季節だから丸ごと食べよう」など、美味しい食材があるからそれをおやつに使う、というごく自然な流れになるようにおやつを決めています。
5月のおやつ「新じゃがの芋餅」香ばしく焼いて醤油を塗り、のりを巻きました。 |
5月には新じゃがの芋餅、7月には自分たちで漬けた梅シロップ、9月にはお月見を意識した白玉団子、秋にはりんごを使ったおやつや焼き芋、2月にはかんきつ類を使ったおやつを作りました。
10月のおやつ「鬼まんじゅう」雨で火を起こせなかったため、焼き芋の代わりに作りました。 |
4月のおやつ「丸パン」後ろに写っているのは羊毛で作ったイースターのうさぎ。卵をイメージし、丸い形に作りました。 |
二つ目は、子供が作る工程に関われるようにすることです。これは手作りしたおやつをただ出すだけでは、市販のお菓子とあまり変わらないと考えたためです。材料から触れることで季節の美味しさを感じ取り、またどんなおやつになるのだろうという期待感を持ってもらえると思います。梅の実にようじで穴をあける、白玉団子を丸める、甘夏みかんを房から出すなど、ちょうど"家でご飯のお手伝い"をするように子供に少しだけ材料に触れる時間を作るようにしています。
三つ目は、できるだけシンプルなおやつにすることです。これは回を重ねる中で発見したことですが、子供は本当に素朴でシンプルなものが好きです。例えば、1年間のおやつの中で人気が高かったのは焼き芋、みたらし団子、芋餅でした。これらは決して甘いものでないですし、材料もとてもシンプルです。それでも子供は毎年焼き芋を楽しみにしていますし、みたらし団子も鍋に残ったたれを指ですくってなめては喜んでいました。また別の機会にりんごケーキを提供したことがあるのですが、私はクルミを入れた方が食感が楽しいと思いクルミを入れて作りました。しかし蓋を開けてみると、クルミが苦手な子も多く、かえって入れない方がよかったな、と反省したこともありました。以来、「子供ならどう思うか」と一度立ち止まって考え直すことも忘れないようにしています。
子供会の当日
午後1時。子供会が始まる時間です。子供会はおやつのお手伝い、季節の手仕事、最後におやつの時間という流れで進みます。今日のおやつは白玉団子。私が生地を丸めていると子供たちが「何してるのー?」、「やっていい?」と寄って来ます。私は手本を見せながら一緒に団子を丸めます。子供は粘土遊び感覚で色々な形を作るため、気がつくと丸形、四角、星、ネコ…など色々な形の白玉団子が出来上がっています。
白玉団子を丸め、お盆の上に並べていきます。年上の子が年下の子に教えてくれています。 |
一区切り付くと、子供たちは今日の手仕事の作業をするため外に出ていくので、私は部屋に残っておやつを仕上げます。
"静か"なおやつの時間
さて、そろそろ午後3時です。作業を終えた子供たちが次々と部屋に入ってきて「どんなおやつ~?」と私が作業している台所をのぞきに来ます。口々に話しかけてくる子供に答えながら作業するので、一気に忙しくなります。配膳を子供に手伝ってもらい、おやつの用意が整うと、席について皆で「いただきます」をします。
一人ずつティーマットを敷いておやつとお茶を並べます。 |
…すると先程までにぎやかだった部屋が一瞬だけ、しんと静まりかえります。言葉にするのは難しいのですが"もくもくと食べている"と表現すれば良いのでしょうか。とても和やかな雰囲気ではありますが、一人一人がおやつに集中して食べている、そんな印象を受けました。これは市販のお菓子を提供していたときには見られなかった光景でした。以前は「これ持って帰る」と言って途中で席を立ってしまう子や、「この味好きじゃない」と残す子もいて、何となく落ち着かない雰囲気だったのです。それが今では残す子はほとんどおらず、「美味しかったよ」と感想を聞かせてくれるようになりました。また、中には「幼稚園でも食べたよ」と教えてくれる子、「家で作りたい」と作り方を聞いてくる子もいました。
市販のお菓子と手作りおやつ、それぞれ魅力があると思います。しかし、やはり手作りおやつには市販のお菓子には無いエッセンスがあり、子供たちはそれを感じて食べているのではないでしょうか。作る工程に参加したこと、作っている場面を見たこと、そして台所から上がる湯気、部屋いっぱいに広がる香ばしい匂い…それらすべてが一体となっておやつに新しい味わいを加えているのだと思います。
市販のお菓子と手作りおやつ、それぞれ魅力があると思います。しかし、やはり手作りおやつには市販のお菓子には無いエッセンスがあり、子供たちはそれを感じて食べているのではないでしょうか。作る工程に参加したこと、作っている場面を見たこと、そして台所から上がる湯気、部屋いっぱいに広がる香ばしい匂い…それらすべてが一体となっておやつに新しい味わいを加えているのだと思います。
私が思う、心に響くおやつの時間
おやつの時間って何でしょう? 私は「皆がひとつにまとまる時間」だと思います。手仕事という個人の作業に夢中だったこども達がおやつの時間に集まると、ほっと一息ついて最後はひとつにまとまる…そんな時間です。そしてその片隅にはささやかなおやつがあって、皆でお話をしながら食べられたらとても素敵だと思います。このおやつの時間を通して皆と食べる時間の楽しさを感じてもらい、そして大人になったときに「そういえばあのおやつの時間、何だか楽しかったよね」と、ふと思い出してくれたら良いなと思います。こんなことを考えながら、私は今日もおやつを作ったのでした。