vol.40学校給食の「無償化」は何をもたらすか ~食と食育を考える100冊の本(22)
朝岡幸彦・渡辺繁博編著『豊かな学校給食の「無償化」をめざして』自治体研究社
「集団給食」は、旧栄養改善法10条で「特定多数人に対して、通例として、継続的に一回百食以上又は一日二百五十食以上の食事を供給する施設(以下集団給食施設という。)」と定義されています。栄養改善法は2003年に健康増進法に改正・統合されてなくなったのですが、健康増進法の中に「集団給食」の定義に該当する文言はなく、栄養士法施行規則や調理師法施行規則、管理栄養士学校指定規則に「集団給食施設」「集団給食実習室」「集団給食調理実習室」「集団給食の調理実習」として登場するだけです。栄養士法施行規則の改正附則8項1号に「栄養士法第九条の二第一項に規程する集団給食施設」と書かれているため、「集団給食」を定義する条文は(廃止された)旧栄養改善法にしかないようなのです。
山田道治「集団給食のあり方」(食衛誌、Vol.5,No.1、1964年)は、やはり栄養改善法第10条の定義を引用した上で、「家族以外の集団に対して、その集団の共通目標達成に寄与すべく、最も合理的に、経済的に、継続的に食事を供給する機能・活動である」と定義しています。ちなみに生成AIに「集団給食とは?」と質問すると、「集団給食とは、病院、学校、工場、寄宿舎など、特定の多数の人に食事を継続的に供給することです」と回答します。
つまり、学校給食や病院給食、事業所の社員食堂、福祉施設給食など「特定多数の人」に対して、「集団の共通目標達成に寄与すべく」一定数以上の食事を継続的に提供する給食を指すようです。このうち集団の共通目標がもっともはっきりしているのが、学校給食でしょう。
学校給食法第2条〔目標〕には、①適切な栄養の摂取による健康の保持増進、②食事の正しい理解と望ましい食習慣を養う、③学校生活を豊かにする、④食生活が自然の恩恵の上に成り立つことの理解、⑤食生活が食にかかわる人々の様々な活動に支えられていることの理解、⑥伝統的な食文化の理解、⑦食料の生産、流通及び消費の理解、の7項目であるとされています。また、第3条〔定義〕で「義務教育諸学校において、その児童又は生徒に対し実施される給食をいう」と定義されているのです。
なぜ無償化しなければならないのか
いま、学校給食は無償化(タダに)する方向で政策が急速に進んでいます。公立の小学校・中学校で授業料が取られていないことはご存知だと思います。それは憲法第26条〔教育を受ける権利と受けさせる義務〕に「義務教育は、これを無償とする」という条文があるからです。では、お金のある人(親)には相応の負担を求め、お金のない人(親)にだけ無料にするのでは、なぜいけないのでしょうか。それは、近代国家の学校教育が「国民」を育てることを目的として、学校をつくってきたからです。
近代国家を支える「国民」には、義務としての教育を受けることが求められました。それは「読み書き算盤」という言い方に代表されるように文字を読み書きできたり、計算ができるなどの学力とともに、「国民」であることの自覚を持つことも大切でした。しかし、江戸時代の日本人に「国民」としてのアイデンティティはあまりありませんでした。…多くの民衆にとって「〇〇村(町)の△△」のような地域共同体の一員であることが何よりも重要だったのです。こうした民衆に「国民」としての一体感を持たせるためには、門地(生まれや育ち)や貧富に関係なく、国民としての同じ教育を一律に受けさせることが大切だったと考えられます。(p11-12)
つまり、国家には「国民」が必要であり、国民は身分や貧富に関わらず同じ教育を行うことで、納税・徴兵・教育といった国民の義務を平等に果たすことが求められたのです。そのために、国家がすべての費用を負担する「無償化」が進められてきたのです。
ところが、いまでも義務教育にかかる経費のすべてが無償化(タダに)されているわけではありません。
学校教育法第5条には「学校の設置者は、その設置する学校を管理し、(略)その学校の経費を負担する」と定められています。また、第6条では「学校においては、授業料を徴収することができる」されていますが、この条文には但し書きがあって国公立の「義務教育については、これを徴収することができない」と明示されているのです。(p12)
この条文が憲法や教育基本法に書かれた教育の無償化を担保する規定となるのですが、もともと「授業料を徴収できる」ことを原則としつつも義務教育だけ「できない」と但し書きされています。しかし、これは「授業料」だけなのです。「2023(令和5年)度子供の学習費調査」(2024年12月公表)によれば、公立小学校でも平均で年間33万6265円かかり、「学校教育費」8万1753円、「学校給食費」3万8405円、「学校外活動費」21万6107円などを支払っています。どれも子どもたちが学校で教育を受けるために必要な費用ですが、とくに給食費を払わない、払えない子どもへの対応が問題になり続けてきました。
「払わないなら食べさせない」で良いのか?
学校給食を実施する責任は設置者にあります(給食法第4条)。その経費は、第11条で「学校給食の実施に必要な施設及び設備に要する経費並びに学校給食の運営に要する経費のうち政令で定めるものは、義務教育諸学校の設置者の負担とする」「前項に規定する経費以外の学校給食に要する経費(「学校給食費」)は、学校給食を受ける児童又は生徒の(略)保護者の負担とする」と定められています。つまり、給食施設・設備や運営に関する経費は設置者(自治体)が負担するものの、それ以外の経費(食材費等)は「保護者」が負担するものとされているのです。
鳫(がん)咲子さんの『給食費未納』(2016年、光文社新書)は、2015 年にある自治体が給食費未納が3か月続いた場合に給食を提供しないと決定して未納家庭に通知したことへの疑問から始まります。この本では給食費の未納問題の背後にある歴史的・構造的・制度的な問題が丁寧に指摘されているだけでなく、すべての子どもに「ひとしく教育を受ける権利」を保障するという憲法の理念に照らして正しいのかが問われています。具体的には「小中学校の義務教育は無償だが、給食という公共サービスの提供は無償ではない。(略)有料なサービスを受け取るためには対価の支払いが必要だというのが、社会の基本的なルールである」と割り切って良いのか、という問題です。(p10)
「学校給食費の徴収状況に関する調査」(2016年度)によると給食費未納の児童・生徒の割合は0.9%、未納額は0.4%となっており、給食費のうち父母から徴収する「食材費」が約38%(1996年11月20日)とされていますので、一般的には給食費の未納額が給食費全体に及ぼす影響は少ないのですが、問題は給食費の徴収方法にあるのです。
学校給食の実施が設置者の「努力義務」(学校給食法第4条)とされていることや歴史的な経緯等もあって、徴収された給食費が多くの場合、校長名義の口座(私会計)で管理されてきました。つまり、学校ごとに父母から食材費を徴収して、不足分は学校単位で対応するという方法が取られてきたのです。2016年度調査でも60.3%の学校が「私会計」を取っており、自治体の口座で管理する「公会計」化した自治体でも21.9%の学校が「徴収・管理業務を主に学校が行なっている」と回答しているため、約8割の学校で給食費の徴収・管理を行なっていることになります。その結果、口座からの引き落しや振込みではなく、「児童生徒が直接、学級担任に手渡している」(22.2%)、「児童生徒が直接、学校事務職員に手渡している」(18.0%)、「PTA等と連携し徴収をしている」(5.2%)という方法も取られているのです。学校が給食費の徴収・管理業務を担うことで「給食費を払えない」家庭の児童・生徒に大きなプレッシャーがかかるだけでなく、教職員の業務負担が大きくなり、教職員が不足分を立て替えることもあるといわれています。(p19)
このように学校の設置者(自治体)が直接徴収(公会計)せずに、学校現場で徴収する(私会計)ことの多い学校給食費は、払えない子どもや父母だけでなく、教職員にも時間的・精神的な負担を与えるものとなってきました。
学校給食の無償化はどう進められようとしているのか
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは、学校給食の無償化に一定の弾みをつける結果となりました。それ以前の学校給食の無償化の動きは、「自治体の規模が小さい町や村が中心」(鳫)でした。その多くは、少子高齢化が進む小規模自治体が子育て世代の移住・定住を促すさまざまな施策の一つとして、学校給食費の一部または全額を補助するという枠組みの中で進められてきたと考えることができます。
「学校給食費の無償化を実施する各教育委員会における取組の実態調査」(2023年9月1日現在/1794教育委員会が対象)では、775の教育委員会(事務組合を含む)が実施又は実施予定と回答し、そのうち722委員会(93.2%)が「実施中」、40委員会(5.2%)が「今後実施予定(令和5年度)」、13委員会(1.7%)が「過去(令和5年度中)に実施していたが、現在は実施していない」としています。さらに、無償化の財源として、新型コロナウイルス感染症への対応を目的に創設された「地方創生臨時交付金」(233自治体)が活用されています。つまり、コロナ前には小規模自治体を中心に約2割しか給食費の無償化を行なっていなかったものが、コロナ後には43.2%の自治体で無償化が進められたということになります。(p20-21)
こうした自治体による給食費の無償化は一時的な施策であるとの見方もありますが、「こども未来戦略方針」(2023年6月13日閣議決定)は「学校給食費の無償化の実現に向けて、…1 年以内にその結果を公表する」とし、「『給食無償化』に関する課題の整理について」(文科省初等中等教育局健康教育・食育課/2023年12月27日)を公表しています。こうした動きを受けて、東京都は2024年度に都内の区市町村の給食費支援の助成を始めたことで、23区のすべてが給食費の無償化を実施しています。また、国でも2026年度から小学校で学校給食の無償化を進めることが、自民・公明・維新の3党で合意されており、給食費の無償化の流れは着実に進みつつあります。
「豊かな」学校給食のための無償化とは何か
130年にわたる日本の学校給食の歴史の中で、公立義務教育における完全給食のもとでの「無償化」は大きな前進であるといえます。とはいえ、国がどのような方法で無償化を保障するのかはまだ明らかではありません。一つの可能性として考えられるのが、国が「標準となるべき額」を決めて、それを根拠に各自治体に(子どもや父母が負担する)給食費(食材費)を交付するという方法です。そこで問題となるのは、給食費が都道府県(各自治体)によって異なるということです。2024年調査では、小学校給食費の月平均額が4,688円であるのに対して、もっとも高い福島県が5,314円、もっとも低い滋賀県が3,933円となっています。給食の食材費用に地域差があるのは当然であり、その差額を各自治体に負担させることは国費による「無償化」という理念に照らして無理があるのです。
給食無償化の実施に向けて検討が進められている中で、学校給食の現場は大変な状況にあります。食材費の高騰により給食の質と量の確保が難しくなっています。テレビや新聞でも“副菜がから揚げ1個”など貧相な給食の実例が報道されています。さらに国に先駆けて“給食無償化を実施した自治体ほど給食の質や量に対する不満の声が多い”などの報道もあります。(中略)
米をはじめ野菜や果物、肉や魚なども、安定した供給と価格を保つことが難しくなっている下で、国の「標準となるべき額」に基づいて交付される無償化の費用が給食の質と量を確保するものになるためには、国の「標準となるべき額」が給食の質も量も保障する食材料費の実勢価格を反映したものになることがまず重要です。その前提の上に、地域の特性に柔軟に対応した食材料の調達に自治体が責任を持つことが必要です。食材料価格の地域差や調達の仕方の違いなどでもともと地域差のある給食費を国の無償化措置によって一律にすることは、困難ですし現実的ではありません。国の無償化制度とそれを補完する自治体の給食政策がなければ充実した給食を保障することはできないのではないでしょうか。(p54-55)
こうした課題を残しながらも、すでに自治体ごとに「豊かな」学校給食を実現するためのさまざまな実践が試みられています。農家による「アグロエコロジー」の取り組み(第4章)、長野県松川町における地元食材を活用した「ゆうき給食」の実践(第5章)、栃木県小山市の「オーガニック給食」(第6章)など、無償化と合わせてすべての子どもに安全で安心できる給食を提供しようとする運動が各地で行われれていることに注目したいと思います。
「無償化」を自治体の負担軽減や「小さな政府(行政)」を実現する好機と考えるのではなく、未来を見すえた持続可能な社会を実現するための「未来に開かれた給食」のあり方を考えて実践する好機ととらえたいと思います。本書を通して、改めて「給食とはなにか」「給食はどうあるべきなのか」「給食はどこへ向かうのか」を一緒に考えていただければ幸いです。
朝岡 幸彦(あさおか ゆきひこ / 白梅学園大学特任教授/東京農工大学名誉教授)
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