vol.41「給食費が払えない!」…何が問題なのか ~食と食育を考える100冊の本(23)
鳫(がん)咲子著『給食費未納』光文社新書、2016年

学校給食は、いろいろな問題を抱えながらも優れた制度として、日本の教育になくてはならないものとなっています。その中で、なんともいえない違和感を感じさせるのが「給食費未納」問題です。前回の「(40)学校給食の「無償化」は何をもたらすか」で紹介した鳫(がん)咲子さんの「払わないなら食べさせない?」と提起された問題です。
鳫さんはあるインタビュー記事の中で「給食費未納は親のモラルの問題である」とする見方に疑問を投げかけています。
インターネット上では、給食費を払わない親へのバッシングが相次ぎました。しかし、バッシングのわりに給食費の未納率は低いです(0.9%)。…むしろ給食費を優先的に払っているのではないでしょうか。給食費が払えない家庭は、ほかの支払いも滞納している可能性があります。
さらに、給食費未納を「親のモラルの問題」とする根拠についても、疑問があると指摘しています。
2005年に行われた「学校給食費の徴収状況に関する調査」がきっかけです。この給食費未納調査では、給食費未納の原因を、「保護者の経済的な問題」か「保護者としての責任感や規範意識の欠如」かを学校に聞いています。そこで、「保護者の経済的な問題」が33%、「保護者としての責任感や規範意識の欠如」が60%との回答でした。このことにより、全国紙の一面や社説で「モラル崩壊」と大々的に報じられたのです。…とはいえ、あくまで学校が判断したもので、実際の家庭の経済状況を踏まえたものではありません。…統計だけで、給食費を滞納している親のモラルの問題であると、大々的に発表してしまうには、根拠の薄いアンケートであると思います。実際に、神奈川県海老名市で行われた未納家庭への聞き取り調査では、支払い遅れの7割が「給料日前で手持ちがない」という理由を挙げています。
こうした学校現場における判断を助長する要素として、給食費を学校長名義の口座で管理する(私会計)学校が多いという、徴収・会計制度そのものにも大きな問題があることも指摘されています。
だれもが親に恵まれるわけではありません。給食費を払っていない家庭は、その背後に複合的な問題を抱えていると私は考えています。親にメンタルヘルスなどの問題があり家計の管理が不十分だったり、借金や、DVや虐待があったり。経済的に困難な家庭に、社会的孤立など困難な状況が複合的に重なっていることも多いと考えています。確信的に払わない親の場合でも、子どもにとって必要なお金を出さないわけですから、子どもが育つ上で何かしらの問題を抱えている家庭だといえます。
つまり、給食費の未納を親のモラルの問題であると決めつけることで、その背後にある家庭環境の格差や地域差を見落とす危険性があるばかりでなく、本来、教育の一環として「すべての子ども」に平等に保障されなければならない給食が受益者負担に置き換えられてしまうことの問題を指摘しているのです。
給食費未納は「子どもの貧困」のシグナル
給食費未納者への給食停止通知を出した埼玉県北本市の対応を妥当とする「小中学校の義務教育は無償だが、給食というサービスの提供は無償ではない。校長会が言う通り、有料なサービスを受け取るためには対価の支払いが必要だと言うのが、社会の基本的なルールである」という意見に対して、次のように反論しています。
しかし、実際には、学校給食法によって、学校給食というサービスすべてが有償なのではなく、学校給食の実施に必要な施設設備費、人件費は公費で負担され、食材費のみが保護者負担となっています。…これは、食材費のみに、現物を消費した者がその費用を払う「受益者負担」という考え方が取り入れられているためです。義務教育学校の給食という公共サービスの負担割合は、国7パーセント、地方公共団体55パーセント、保護者38パーセントと試算されています。(p66)
つまり、給食にかかる費用の多くを国と自治体が支出する「公共サービス」であって、その枠組みを前提として食材費のみに保護者の負担が求められているという構造です。これは、アレルギー等の特別な状況でない限り学校給食を「食べない」という選択肢がない子どもたちに対して、受益者負担原則を機械的に適用して「払わなければ食べさせない」という対応が義務教育を受ける権利を侵害することになりかねないといえます。
ではなぜ、教育委員会や校長会は給食費の未納者に対して厳しい対応を求めようとするのでしょうか。そこに給食費会計の多くが、「学校長の名義の口座」で管理されている(私会計)という問題があるのです。給食費(食材費)に不足が生じた場合(給食費が徴収できない場合)には、原則として学校単位で処理せざるをえないのです。2013年度の調査で、1校あたり平均小学校で約1464万円、中学校で1906万円の給食費の徴収・督促・管理を「私会計」で処理することの問題性もありますが、それにともなう教職員の負担が大きいことも明らかです。そこでまず、給食費の「公会計化」、公金として自治体で管理させる会計にすることが重要であるとされてきました。
さらに、給食費の未納・滞納者には「親のモラル」の問題では済まされない深刻な実態があると指摘しています。
給食費未納の督促を行なっている教職員からは、未納家庭は、母子家庭などひとり親家庭が多いとも聞きます。給食費の未納・滞納率以外に、子どもがいる家庭の未納・滞納として、保育料の未納・滞納があります。給食費未納世帯についての調査ではありませんが、子どもがいる家庭の未納・滞納状況について、東大阪市の保育料の滞納調査が参考になります。その結果によれば、保育料滞納世帯の39パーセントがひとり親世帯でした。 そして、滞納者の財産調査の結果、生活保護の適用を受けなければ生活を維持できない程度の困窮者の滞納金の支払いを免除する法律の趣旨により、滞納者の4割が無財産・生活困窮を理由として「滞納処分の執行の停止」となりました。(p73-74)
このように給食費の未納者の割合(約0.9%)が国民健康保険料の滞納率(約9.6%)の10分の1であるという事実からも、「給食費の未納が生じている家庭では他の未納・滞納が先に起きている可能性が高い」と見ているのです。
「欠食児童」から始まった学校給食
学校給食は、日本だけの制度ではありません。その始まりを調べてみると、「欠食児童」と呼ばれる貧困な家庭の子どもたちに食事をどう保障するのかという問題が共通してあります。日本でも給食の始まりとされている山形県鶴岡町の中愛小学校での給食(1889年)も、「貧困児童を対象に無償で行われた」といわれています。1922年3月17日の文部省学校給食調査で取り上げられた岐阜県の川上小学校では、3ヶ月間のみそ汁またはすまし汁の給与について、次のように報告されているそうです。
わが校児童弁当の量が、自宅に置いて摂取する朝食、夕食及び児童の年齢体格に比して僅少であって、その副食物が貧弱であり、適当な運動を盛んに行うとしても原動力即ち栄養に富める食物の供給が十分でなくては効果は挙がるべき者ではない。そこで家庭における栄養摂取状況及び学校昼食弁当の分量資質調査等研究の結果、副食給与を実行することにした。(p115-116)
その後、1924年の皇太子ご成婚記念に下賜された「貧困児童就学奨励資金」、1928年の「学齢児童就学奨励規程」による教科書、学用品、被服、食糧その他生活費の支給を経て、1932年に貧困児童救済のために小学校の学校給食に初めて国庫補助が行われたのが、文部省訓令第18号「学校給食臨時施設方法」であるとされています。
文部省訓令第18号 北海道庁 府県
近時、経済界の不況の影響による農山漁村及び中小工業者等の疲弊窮迫の結果、学齢児童中学校において昼食を欠く、もしくは、はなはだしく粗悪の食事を摂る者が、いちじるしく増加し、児童の健康状態が不良となり、さらには、修学の困難な者がいるのは教育上まことに憂慮すべきことです。栄養は、発育の基礎であり活動の源泉ですから、それらの児童に対し適切な食物を与え、栄養の改善を図るとともに就学の奨励を図るのは、現在の社会の情勢から考えて極めて緊要なる施設です。今回これらの児童に対し学校給食を実施し、就学の義務を果たさせるため、臨時に国庫より施設費を支出することになったので、地方長官は本趣旨を理解し、左記、学校給食施設方法により、昭和3年文部省令第18号「学齢児童就学奨励規定」による施設とあいまって適切に実施し、学齢児童の就学の徹底を期し、併せて保健養護の実績を挙げるよう努めてください。なお、今回の施設は、実施の方法が悪ければ、所期の目的を達成することが困難となるのみならず、児童の教育上良くない傾向を招くおそれがあります。施行に際しては特に周密なる注意を払い、効果を収めるよう遺憾なきを期してください。
昭和7年9月7日 文部大臣 鳩山一郎 (p123-124)
そして、戦時中の生活物資の統制や戦災、学童疎開によって学校給食は「休止状態」になり、敗戦後の飢餓状態の中で「ララ物資」による学校給食の再会が行われます(1946年)。
文部、厚生、農林三省次官通達「学校給食実施の普及奨励について」が示されました。これによると、貧困児童、虚弱児童だけでなく、国民学校の全児童(教員を含む)が給食の対象とされました。1946(昭和21)年は、まず、東京、神奈川、千葉の三都県の小学生25万人に対して給食が開始されました。続いて、都市部の小学校児童300万人を対象に、児童の栄養状態を改善するため、パンや脱脂粉乳など海外から援助された物資による給食が、週2回実施され、1948(昭和23)年には、週5回に増えています。(p135-136)
その後、1951年のサンフランシスコ講和条約の締結に伴うガリオア資金による援助の停止によって学校給食の廃止が議論されます。結果として、給食費の保護者負担額の引き上げと一部地域での給食打ち切り、給食費未納者の増加を伴いながら存続したのです。学校給食の法制化を望む世論の高まりを受けて、学校給食法が制定されました(1954年)。
「無償化」のもとで問われる学校給食の新たな役割
本書は、第1章「払わないなら食べさせない?」、第2章「給食費未納は子どもの貧困のシグナル」、第3章「欠食児童から始まった学校給食」を経たうえで、第4章「給食格差と食生活格差」、第5章「完全給食実現後の子どもたち」、第6章「子どもの食のセーフティネット」と続きます。鳫咲子さんの主張は明確であり、学校給食が子どもの貧困と連鎖を防ぐための重要な鍵となっていることがわかります。本書が書かれた2016年から大きく情勢が変化しつつあることがあります。それは給食の「無償化」、食材費の国費負担が実現しつつあるということです。本書では「給食費無料化」について次のように書かれています。
学校給食の意義や歴史的背景、給食費未納問題を踏まえて、最後に韓国における経験も含めて給食費無料化について考えます。 2016年3月に、政府の経済財政諮問会議の民間人から選ばれた四人の委員は、子ども・子育て世帯の支援拡充として、給食費の無料化の検討を提案しました。給食費の無料化には、年間5120億円が必要とも試算されていました。 2015年の調査で、給食費などの支援を行う就学援助とは別に、小中学校の給食費の補助制度を設けているのは全国の約2割、199自治体あります。また、その3分の1は、2014・2015年度から補助を開始しています。自治体の給食費補助の内容は、小中学生全員を対象とした一部補助が84自治体、全員対象の全額補助が45自治体、子どもが多い多子世帯への補助が40自治体でした。市区町村別では、半額以上補助している自治体は町35、村25、市4で、全額補助の自治体は町24、村18、市2で、政令市や区はありません。補助制度を設けているのは、自治体の規模が小さい町や村が中心です。 就学援助制度は、東京や大阪など規模の大きい自治体では、4人に1人の子どもが支援を受けるほどです。しかし、規模が小さな町や村では都市部と比べて、あまり活用されていません。…特に小さな自治体では、特定の子どもに対する就学支援による給食費支援よりも、子ども全員の給食費を無料にするほうが地域住民の理解を得られやすいと考えられます。(p225-227)
学校給食の「無償化」は、ここで問題にした給食費未納問題を解決することになります。「欠食児童」の救済という目的をもって始められた学校給食ですが、すべての子どもたちに同じように給食を提供する形になり、学校給食法のもとで食材費以外は公的負担でなされ、小中学校を問わず完全給食が目指されてきました。給食費徴収・管理における「私会計」の問題も、保護者から徴収する必要がなくなることで「無償化」が解決することになります。しかしながら、本書が指摘するように給食費未納問題の背後には子どもや保護者の貧困問題があるのであり、この問題に目を向けて取り組むことなしには解決したとは言えないのだと思います。
国費による「無償化」にも制度的な課題は残されています。地方交付税制度のように給食費の基準額(児童・生徒一人当たりの平均食材費)を決めて自治体に支給したとしても、学校給食の食材費の地域差による不足分を誰かが負担しなければなりません。また、その背景に子どもの貧困問題があるとすると、休業期間中の給食の提供や朝食等の提供も視野に入れて、より手厚い給食支援が求められることになります。「安全・安心」な食材を学校給食に提供するためには、地域の農家と協力して低農薬・有機栽培などの地域農業や地元の食品加工業を守る努力も必要です。これから「豊かな学校給食の『無償化』の実現」が問われているのです。
朝岡 幸彦(あさおか ゆきひこ / 白梅学園大学特任教授/東京農工大学名誉教授)
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