vol.24家畜が美味しい食材になるわけ ~食と食育を考える100冊の本(6)
伊藤宏『食べ物としての動物たち』講談社ブルーバックスB1341、2001年
ジャレッド・ダイアモンドが『銃・病原菌・鉄』の中で、家畜化の条件として①餌の効率の良さ、②成長が早い、③人間のそばで繁殖できる、④気性が比較的に温厚である、⑤パニックを起こしにくい、⑥集団内の序列がはっきりしている、ことが必要だと指摘しています。例えば、アフリカのシマウマがウマになれないのも、巨大な象が食肉用として飼育できないのも、この条件を満たしていないからです。
こうした条件をクリアして、家畜化された大型草食動物が14種類、そのうちの「メジャーな5種」と呼ばれる家畜が牛、羊、山羊、豚、馬です。これに鶏を加えれば、現在の代表的な家畜が揃います。こうした動物が家畜化しやすい条件を持っていたとしても、野生のままでは優れた家畜になることはできず、さらに求められる能力を強化するための品種改良が行われます。ここでは、まず、私たちが現在(いま)見ている(食べている)家畜の脅威的な能力をご紹介します。
肉に命をかける豚
食肉用家畜の典型といえる豚は、遅くともいまから1万年ほど前の新石器時代には家畜化されたと考えられています(世界で最も古い豚の骨が紀元前8000年ごろの中国南部の遺跡で発見されています)。豚(もともとはイノシシでしょうが)は、①雑食性で、②群れをつくり、③妊娠期間が短く多産で、④繁殖しやすい、などの家畜化しやすい条件を兼ね備えています。家畜化の過程で食肉となりやすい部位(前足の付け根から後ろ)の割合が、イノシシ30%→中国豚50%→ランドレース種70%、と次第に大きくされてきました。こうして豚は大量の肉をつけるように形質改良されてきたのです。 豚は、他の家畜に比べても著しく早く成長する動物です。「生時体重が2倍になる日数」(生まれたときの体重が二倍になる日齢)は、馬が60日、牛が47日、山羊が22日であるのに対して、豚はわずか14日で2倍になるのです。ちなみに人間の子どもは180日かかります。
生まれたときの体重が二倍になる日齢が速い動物ほど、乳のタンパク質と無機物の含量が多い。…豚では乳固形分の含量が多い。脂肪は人の乳の二倍以上、タンパク質は五倍も含まれていて、いわゆる濃い乳である。子の体重が二倍になるまでに要する日数は二週間ほどである。(p.43)
こうした特性をさらに引き出すためには、飼料の与え方を工夫することで、効率よく太らせる(食肉部分を大きくする)必要があります。
成長中に与える栄養の善し悪しは、すぐに発育の良否に現れてくる。子豚の発育に影響が現れるのは、体重にだけではない。栄養による体の各部位における発育の違いのようすは、…はっきり数字に現れる。たとえば、頭や脚の骨の発育は最も早く完成し、しかも、栄養の違いによる影響はあまり受けない。筋肉の発育を示す体長や、脂肪の蓄積を示す体深は、栄養が悪いと発現の時期が遅れる。逆に見れば、栄養状態がよいと早い時期から脂肪の蓄積が始まってしまうことを示している。(p.44)
成長中の動物は非常によく飼料を利用し、その栄養素を体につけるので増体は大きい。豚の体重別の飼料消費量を見ると、…体重22kgのときでは、体重100kgあたりに換算すると6.0kgの飼料を食べていることになるが、体重112kgになると2.9kgと半減している。逆に、体重が1kg増えるのに要する飼料の量は、若いときには少なくて済む。(p.44−45) したがって、肉を生産する家畜では、成長期に与える飼料はできるだけ上質なものを用い、早期の発育を促し、余分な脂肪が蓄積される前に出荷体重になるように飼育する必要がある。ただし、…霜降りの入った牛肉を生産するときは別である。(p.45)
つまり、若いうち(体が小さいうち)に栄養価の高いエサをたくさん与えれば早く出荷できる体重になり、ある程度以上の大きさになったらいくらエサを与えても大きくなりにくいということです。「体重1kg増加に要する飼料の量」は、体重22kgでは2.93kg→45kgで4.00kg→67kgで4.37kg→90kgで4.82kg→112kgで4.82kgであり、豚の体重が90kgを超えると出荷した方が良い(実際には110kg程度/5−6ヶ月で出荷しているようです)ということになります。豚の祖先であるイノシシの産子数が5頭で90kgになるのに約400日かかるのに対して、改良された豚は11頭前後の子豚が50年ほど前には180日かかっていたのが、いまでは160日で110kgになるのです。言うまでもなく、豚は勝手に太るのではなく、「どう太らせるか」ということを意識して農家が生産性を高めるために改良・工夫することで太らされているのです。もちろん、豚の資質を高めるために品種の交配や改良を行い、「デリケートな動物」である豚を丁寧に扱っている(暑さに弱い)のです。
卵を温めない鶏
家畜としての鶏には食肉用のブロイラーがいる一方で、主に卵を採るためだけに改良された鶏がいます。私たちがほぼ毎日食べる卵のほとんどは、白色レグホーン(白色単冠)であり、その性能は次のように紹介されています。
成体重は雌で1.8kg、雄で2.7kg程度である。雌は早熟で、孵化後150~160日に初めて産卵をする。産卵能力は非常に優れていて、初年度の産卵数は250−280個に達する。卵殻は白色、卵重は57~63gである。
就巣性(巣を作って卵を抱く性質)や卵を孵したり雛を育てる能力などは持っていない。これは卵を温める暇もなく産み続けるようになったことにもよるが、就巣性を除くように選抜されたことが主な理由である。(p.81)
なんと、この鶏は卵は産んでもそれを温めないのですから、卵から雛を孵すという本来の機能を失ってしまっているのです。では、何のためにたくさんの卵を産み続けるのか、それは言うまでもなく私たちに「食べさせる」ためということになります。したがって、この鶏の雛を孵すためには、人間が卵の一部を(鶏に代わって)孵卵器で温めて孵してやる必要があるのです。何とも手間のかかる生き物ですが、こうしたトリを私たちは作りだしたのです。
成熟した白色レグホーン種の雌鳥の体重は約1.8kgで、1日あたり平均100g、年間約36kgの飼料を摂取している。一個60gの卵を年間300個産むとすると、雌鳥は自分の体重の約10倍量、18kgもの卵を生産しており、摂取した飼料の約半分を卵に変えていることになる。…
彼女たちは卵を産むことだけに専念して、子孫を残すという繁殖にはけっして供されない。つまり懸命に卵を産むだけで一生を終える鶏である。
この鶏の性能の詳細を探ってみると、考えつくあらゆる項目に対する人間の要求は極めて厳しく、相反する性質を巧みに取り入れることを強要されて、よくもこのような鶏がうまくできあがったものだと感心してしまうほどの傑作の生き物である。(p.83−84)
この鶏に人間が求めている要求とは、①年間産卵数=292卵以上、②卵重=60~62g、③体躯=(成熟時)10ヶ月齢の体重1.7~1.9kg、④早熟であること(50%産卵日数が孵化後150日~160日)、⑤飼料の利用性が高いこと、⑥クラッチ(毎日卵を産み続ける日数)が長いこと(孵化後550日~600日間)、⑦産み疲れの期間を短くすること(換羽=かんうを短く管理できる/数日間強制的に絶水絶食させる)、⑧老いの時期を同じにしたい(一斉に鶏を入れ替えるために能力をそろえる)、⑨病気に罹りにくい(系統、ワクチン、飼育環境、抗菌性物質等)などです。私たちは、つい大きな卵を長く産み続けてくれる鶏が良いと考えてしまうのですが、市場での大量流通を前提とする大規模養鶏(産卵鶏)では卵や鶏の能力のばらつきによって生産効率が落ちることを避けなければならないのです。
さらに、採卵鶏には大量の卵の殻をつくり続けなければならないという、もう一つの大きな問題があります。
卵殻を形成するためのカルシウムは、まず飼料中のものが腸管殻吸収された後、直接利用される。産卵期には、飼料中のカルシウム含量を、産卵期でないときや雄の場合の約3倍、つまり3%以上にもしておく必要がある。
2gのカルシウムを含む卵殻を形成している産卵鶏の、1日あたりの飼料摂取量は、およそ100gであるから、3gものカルシウムを摂取していることになる。…
しかし、その小腸からの吸収性や飼料の摂取時刻などを考え合わせると、卵殻を急速に形成するにはこの飼料からの供給量ではけっして十分ではない。
鶏は産卵期に入る前に、長骨、たとえば大腿骨などを太くするとともに、その内腔にカルシウムを蓄積しやすくかつ放しやすい状態で骨髄骨というものを作って、不足分を補う準備を始める。産卵を停止した婆さん鶏の骨が、細く、中がすかすかになっているのを見ると、酷使されたものだと思い、つい人間の骨粗鬆症を思い浮かべてしまう。
体重約1.8kgの産卵鶏の体内には、骨を主体に25gばかりのカルシウムが存在するといわれている。飼料からの補給がなければ、一個の殻を作るには、約2gのカルシウム、すなわち全カルシウムの約8%が奪われることになる。
骨髄骨には約5gのカルシウムを蓄えているので、それは2~3卵分に相当するとはいえ、ほとんどカルシウムを含まない飼料を与えれば数日で枯渇してしまう。(p.94−96)
子孫を残すという目的を離れて、卵を大量に産み続けるためだけに作りだされた白色レグホーンという鶏は、生まれてから150日目に産卵を開始して210日目に産卵ピーク(産卵率=90%)を迎え、550日目には淘汰(廃鶏)されてしまうのです。これは平均産卵率で75~80%を維持するという効率性を重視したものである一方、体内のカルシウムを使い果たしてすかすかの骨でようやく生きている雌鶏たちの限界なのかもしれません。
高性能のミルク工場
最も大型の家畜である牛は、いまから約1万年前の新石器時代に家畜化されたと考えられていますが、世界で最初に牛乳を飲むために牛を飼ったのはメソポタミア地方の人たちであったと言われています。現在飼育されている乳用牛の中で最も高い能力(牛乳生産能力)をもつ牛が、ホルスタイン種です。
ホルスタイン種は、他の品種の牛や、どの哺乳動物と比べても乳量が多いという特徴がある。普通では年平均で5000~6000kgで、乳量の多いものでは7000~8000kgになり、高等登録牛(血統、体型、能力、繁殖成績などが記録登録されている優れた牛)では1万kgを超えるものがある。
乳脂肪率は平均3.4%、タンパク質含有率は3.1%で、炭水化物はほとんどが乳糖で4.5%ほど含まれている。この乳は飲用の他に、その乳タンパク質を使ってチーズや脱脂粉乳を作るのに適している。
ホルスタイン種は、世界の主要な酪農国に広く分布している。暖地よりもむしろ寒地向きの牛であり、オランダのように草生の豊かなところでは泌乳能力をよく発揮する。普通、気温が28℃を超すと乳量が低下するといわれ、夏場には生乳が不足することがある。(p.233)
牛は反芻動物であり、反芻胃(ルーメン)という巨大な発酵槽(バスタブ大)をもっています。この反芻胃の中に生息する微生物の力を借りて、飼料(牧草等)の有機物を分解してアルコール類や有機酸類、二酸化炭素などを生成します(酵素反応)。ところが、この分解過程で多量の水素が残されてしまい、これを体外に除去するために大量のメタンを生成・排出することになるのです。1頭あたりの年間メタン発生量は、牛の55kgに対して、馬が18kg、めん羊が8kg、豚が1.5kgであり、人間は0.05kgと発表されています。その排出量の多さと数の多さから、牛が排出するメタンガスが地球温暖化に大きな影響を与えているのです。
ホルスタイン種の子牛は、約40kgで出生後、5日間ほど初乳を飲んで免疫性のタンパク質受けとる。生後6週ごろまでは、乳汁状で与える代用乳を用いる。これは脱脂粉乳を主原料としているが、他に良質の穀粉などを加えたものである。
さらに、その後、人工乳(代用乳と共に使われる栄養価が高く嗜好性のよい配合飼料)を与えられるようになる。これは粉状またはペレット状であり、液状で与えることはない。…
次第に、やわらかい乾草などを食べ出して育ち、約200kgの体重になったころから育成牛として扱われる。
生後14~18ヵ月ごろ、体重350kg以上になって種づけされ、およそ280日の妊娠期間を経て27ヵ月のころ、初めての分娩をする。なお、この間、約2年を経て体重は500kgに達し、成牛とよばれるようになる。(p.236)
つまり、ホルスタイン種という乳牛は産んでくれた母牛の乳を飲むのは5日間ほどであり、その後は代用乳、人工乳、やわらかい乾草で育てられ、6ヵ月ほどして一定の大きさになったら飼料(牧草等)で育てられるようになるのです。さらに1年経つと種づけされて、27ヵ月ころには最初の子牛を産んで乳を出しはじめ、その後は毎年、種つけ→分娩→泌乳を繰り返すことになります。泌乳期間は分娩後約10ヵ月間続き(305日=1泌乳期)ますが、分娩後2~3ヵ月の間に交配するため泌乳末期が妊娠後半期と重なって乳量が減り始めるので、一度、搾乳を中止(乾乳)します。しかし、こうした循環がいつまでも続けられるわけではありません。
多くの乳牛で、一定時期での最高乳量と、年間総乳量は5産次の7歳ごろまで増加し、その後徐々に低下していく。ところが最近、雌牛は2~3回の分娩をした後、泌乳量と関係なく搾乳を止め、肥育に回されることが多い。
それは乳の生産性が落ちてしまうというより、搾り過ぎで乳房が傷んで、脱落した乳腺細胞が乳の中に増えてしまうということが問題となっているからである。(p.238)
乳牛として極めて優れた能力をもつホルスタインですら、5歳ごろまでしか搾乳牛として生きることはできずに肉用牛にされてしまうのです。ただし、肉質に劣る乳用牛の価値は低く、できる限り短期間に処分される運命にあります。さらに、本来、牧草を分解して大きくなったり、乳を出すことのできる牛ですが、日本のように十分な牧草面積を確保できないところでは配合飼料(主に輸入穀類)を多用することになります。これによって乳量を増やすことはできるのですが、牛をより酷使することになり、寿命を縮めることにつながるのです。
家畜と向き合うことの大切さ
「命の授業」と呼ばれる実践の中で、こうした家畜を「食べる」ことについての学びがあります。有名な実践には、学校で豚を飼ってみたり(ブタがいた教室)、授業で家畜を解体したりする(鳥山敏子)ことで、私たちがふだん「食べている」ものには命があって、ちゃんと生きていたんだということを学ぶのです。寄宿制の子どもたちが自分たちが日々世話をし、育ててきた鶏を「食べるか、どうか」を丁寧に話し合った山村留学・グリーンウッドの実践(食育の力)も優れた「命の授業」だと思います。
しかし、こうした命の授業では、食材となる家畜そのものがどのように作りだされ、野生の祖先とどのように違う生き物になったのかを取り上げることはほとんどありません。これまでご紹介したように、食肉となる豚や鶏(ブロイラー)や牛(肉用牛)等、卵を採る採卵鶏、牛乳を搾る乳用牛は、長い年月をかけて人間が野生種を「改良」してきたものです。この改良によって、多くの家畜は人間の手を借りずに生きることも、繁殖することもできなくなっているのです。仮に何らかの事情で家畜たちが人間の世界から野生の世界に解き放たれたと考えてみましょう。たとえば、白色レグホーンは自分で卵を温めないのですから、雛が生まれずに次第に絶滅してしまうはずです。泌乳期のホルスタインならば、朝晩2回搾乳してくれる人間がいなくなることで、乳房炎を起こして病気になってしまうでしょう。
この本ではそれぞれの家畜について、その成り立ちや特性が丁寧に解説されています。鶏はどうやって卵を(体内で)作るのか。牛はどのように牧草を乳に変えるのか。家畜を通して、学ぶことがたくさんあるのです。私たちは、食材としての家畜だけでなく、もっと生き物としての家畜という存在にしっかりと向き合う必要がありそうです。
朝岡 幸彦(あさおか ゆきひこ / 白梅学園大学特任教授/元東京農工大学教授)
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