vol.28辛くて深いトウガラシ🌶のお話 ~食と食育を考える100冊の本(10)
山本紀夫『トウガラシの世界史』中央公論新社(中公新書2361)、2016年
アンデスの味の決め手は、やはりトウガラシではないでしょうか。前回『新大陸が生んだ食物』でご紹介できなかったトウガラシのお話から始めましょう。ペルー中北部にある約8000年前の洞穴住居跡からトウガラシの遺物が発見されているそうです。著者の高野さんは「そうした大昔から、中南米のひとたちは野生種らしきトウガラシを求めつづけ、やがてそれぞれの地方で栽培がはじめられたに違いない」と述べています。私たちが見かけるトウガラシ類には、タカノツメ、シシトウ、ピーマン、パプリカなどがありますが、中南米には多様なトウガラシが存在します。その代表格といわれるのがアンデス側(ペルー海岸から高地側)の「ロコト」と、アマゾン側の「チャラピータ」だそうです。
「ロコト」がよく使われているのはボリビア、ペルー、エクアドルで、「ロコト・レジェーノ」という「みじん切りにした肉、人参、タマネギなどをロコトに詰めたあと、水で溶いた小麦粉とチーズをかぶせ、日本のテンプラ風に衣をつけてあげたもの」のように辛味以外の要素を引き出した料理にも人気があるそうです。とはいえ、ロコトの良さが引き出されるのは、辛さを生かす料理のようです。
おそらくインカの人たちは塩やトウガラシさえあればどんなものでも喜んで口にしていたと思われる。現在の村人たちも放牧や畑仕事へモテ(茹でトウモロコシ)やカンチャ(炒りトウモロコシ)を間食として持参するとき、ロコトと塩を決して忘れない。それらがモテやカンチャをご馳走に変えてくれるからである。(高野潤、前傾書、p133-134)
「チャラピータ(水棲亀チャラパの子亀)」を、高野さんは「食べつづけているうちに虜になってしまい、芳香と辛さが頭のなかを貫くようなこの粉末を口にしないと、食事をしている気分になれなかったほどだった。そればかりでなく何年も味の記憶が残りつづけた」」と絶賛したいます。こうした代表的なトウガラシを辛さで凌いでいるのが、「風味などを味わう余裕を与えてくれなかった」ピピ・デ・モノ(サルのシラミ)や、「一粒齧っただけでも口のなかが火事なるほどの辛さを持つ」野生種ウルピカだそうです。
さて、ここではつづけてトウガラシの研究者・山本紀夫『トウガラシの世界史』で世界のトウガラシ文化をご紹介します。
トウガラシの「発見」
トウガラシを最初に中南米で「発見」したのは、コロンブスのようです(1493年)。四度にわたる新大陸への航海の第1回目でマニオク(キャッサバ)、ヒョウタン、タバコ、トウモロコシ、サツマイモ、ワタ、カボチャとんならんで、アヒー(トウガラシ)を(カリブ海で)見つけたと記録しているのです。
彼らの胡椒であるアヒーもたくさんあるが、これは胡椒よりももっと大切な役割を果たしており、これなしで食事をする者は誰もいない。彼らは、非常に健康によいものだと考えているのである。これは、年間カラベラ船五十隻分を、このエスパニューラ島から積出すことができるだろう。(p3)
トウガラシはアメリカ大陸でもっとも古くから利用・栽培されていた植物のようです。アメリカ大陸における最初の植物栽培の遺物(紀元前8000年〜7500年、ペルー中部山岳地帯)の中にトウガラシが見つかっており、メキシコでも紀元前7500年にはトウガラシが利用されていたと言われています。トウガラシのモチーフは、その後のアンデス文明の石彫や土器にもさかんに使われており、紀元前800年ころのチャビン文化(チャビン・デ・ワンタル遺跡)の碑石に描かれているのがもっとも古いものとされています。
トウガラシはアメリカ大陸の住民にとって「ほとんど唯一の香辛料」と考えられ、各地でさまざまな品種が生みだされました。
トウガラシの品種は、現在もじつに多く、メキシコだけでも600種以上あるといわれる。たとえば、メキシコでチレ・ドゥルセまたはチレ・モロンと呼ばれるトウガラシは、いわゆるピーマンのことである。ピーマンは、よく知られているように、こぶし大、あるいはそれよりも大きいトウガラシである。一方で、チレ・ペキンと呼ばれるトウガラシは長さが1センチメートル前後、幅は数ミリメートルと小指の先よりも小さい。またこれらの中間タイプにもさまざまな大きさや形のものがある。つまり、果実の長さだけでも十数倍、重量では数十倍もの大きな変異が見られるのである。(p15)
そうそうピーマンもトウガラシであり、トウガラシといえば「辛い」ものと決めつけてはいけないのです。後にパプリカも登場しますが、これにシシトウなどを加えて「甘唐辛子」と呼ばれています。
トウガラシのルーツは4種類
トウガラシはナス科カプシクム(Capsicum)属に含まれ、4種の栽培種に分類されています(表1−1 トウガラシの栽培種と祖先種、p.18)。
- ①アンヌーム種=(栽培種)アンヌーム種(C.annuum var.annuum)、(祖先野生種)変種のアンヌーム種(C.annuum var.aviculare)、(推定起源地)メキシコ・中央アメリカ、中米を中心に世界中で広く栽培されている
- ②チャイネンセ種=(栽培種)チャイネンセ種(C.chinenese)、(祖先野生種)フルテッセン種(C.frutescens)、(推定起源地)コロンビア・アンデス、アマゾン流域を中心としてカリブ海地域でも広く見られる
- ③バッカートゥム種=(栽培種)変種のペンドゥラム種(C.baccatum var.pendulum)、(祖先野生種)変種のバッカートゥム種(C.baccatum var.baccatum)、(推定起源地)中央アンデス山麓地帯、ペルーやボリビアなどの山麓で広く栽培される
- ④プベッセンス種=(栽培種)プベッセンス種(C.pubescens)、(祖先野生種)野生種エキシミウム(C.eximium)/野生種カルデナシ(C.cardenasii)、(推定起源地)ボリビア高地、主としてアンデス高地で栽培される。寒さに強いが暑さには弱い。紫色のはな、黒褐色の種子が特徴
この栽培種4種の相互種間関係を雑種第1世代の花粉稔性(交雑親和性)で見ると、栽培種がそれぞれ別の野生種から異なった地域で独自に栽培化されたことがわかるのです。とはいえ、これらの野生種には共通の特徴があります。「その果実は、いずれも小指の先ほどに小さく、上向きに直立してつく。そして、実が赤く熟すと指で触れただけで、実はパラパラと落ちる。果実の脱落性があるからだ」(p.23)とされています。この脱落性という特徴は、他の雑穀の野生種にも見られるものであり、種子を自然に散布するための生存戦略として有効なものだと考えられています。しかも、トウガラシなどが「辛み」によって動物に食べられないように守っているにもかかわらず、「鳥だけは例外」で「辛み」を感じないらしいのです。こうしてトウガラシ(の野生種)は、小鳥に食べられる(鳥だけが種子を壊さずに果実の果皮を柔らかくする消化管を持っているようです)ように進化することで、鳥の糞と一緒に種子が散布されて発芽率も良くなると指摘されているのです。
ところでそもそもトウガラシの一体どこが辛いのであろうか。トウガラシの辛みの主成分であるカプサイシンのような有機化合物はアルカロイドと呼ばれ、これはふつう植物の根でつくられ、地上部に運搬される。しかし、トウガラシのカプサイシンは果実の部分でつくられる。このトウガラシの果実はユニークな形をしており、果皮の下が中空であり、それゆえトウガラシ属の学名はラテン語で箱を意味するcapsaに由来するCapsicumなのである。この中空の果実のちょうど中央部、種子がついている芯にあたる部分でカプサイシンはつくられる。実際に、果皮は辛くなくても、ヘタの下の白い部分をかじると辛く感じる。この部分が胎座と呼ばれ、カプサイシンはここでつくられるのだ。(p29)
また、このトウガラシの辛さを測定する方法として「スコヴィル方式(スコヴィル値)」があります。これはカプサイシンをアルコールに一晩つけた抽出物に、「舌が辛みを認知できるかどうか」のギリギリのところまで甘みをつけた水による希釈量で測ります。ピーマンを「0」として、日本産のトウガラシが「20,000〜30,000」、ハバネーロが「300,000」とされています。
「辛くないトウガラシ」パプリカの「発明」とビタミンCの「発見」
早くに新大陸からヨーロッパに持ち込まれたトウガラシですが、トマトやジャガイモと同じように「毒がある」「食べると病気になる」などの偏見によって(もしくは聖書に載っていないという理由によって)、なかなか普及しませんでした。現在でも、いくつかの例外的な地域を除いて、トウガラシはヨーロッパではあまり使われていません。その例外的な国の一つがイタリアであり、ピッツアにかけるタバスコにはたっぷりとトウガラシが使われています。
もう一つ、トウガラシがなくてはならない国といわれるのが、「パプリカの故郷」ハンガリーです。このハンガリーで、なぜトウガラシ(パプリカを生みだすほど)がさかんに栽培され、食べられるようになったのでしょうか。
トウガラシを食べていると、野菜がほとんどなくなる冬でも、身体の調子がよいことに最初に気がついたのは、おそらく長く厳しい冬を貧しい食事で耐え抜かなければならなかった農民たちであっただろう。そしてより多くのトウガラシを食べるために、より辛さの少ないトウガラシが選別されていって、現在の穏やかなパプリカになったのではないだろうか。(p76-77)
1937年にノーベル生理学・医学賞を受賞したアルベルト・セント=ジェルジ博士の受賞のきっかけになったのが、パプリカから発見されたアスコルビン酸(ビタミンC)の「発見」でした。副腎に障害を受けると発症するアディソン病の鍵を握ると考えられ、博士が化学構造の解明に成功したヘキスロン酸は、抗壊血病作用をもつビタミンC(アスコルビン酸)であることがわかりました。このビタミンCが簡単に酸化して、消失してしまうため、多くの科学者は分離に成功していませんでした。たまたま奥さんがつくったパプリカ料理を見て「パプリカ」のテストを思い立った博士は、ビタミンCの分離に成功したのです。
当時、ビタミンCをもっとも豊富に含むと考えられていたのはオレンジやレモンだったが、博士のテストによれば、ハンガリーのパプリカはオレンジやレモンの5〜6倍もの多量のビタミンCを含んでいることがわかったのである。ビタミンCがこのように多く、しかも低コストでつくられたのは初めてのことであり、この大きな成果によって博士は国民的な英雄となった。 じつは、トウガラシはビタミンC以外にも重要なビタミンを含んでいる。たとえばビタミンAがそうである。カロテンもまたトウガラシにたくさん含まれている。カロテンを摂取すると肝臓でビタミンAに変換される。このビタミンAは体細胞の正常な成長に重要である。 さらに、トウガラシにはビタミンPも非常に大量に含まれている。これもまた今日、毛細血管壁の維持に重要な作用をする生体フラボン類であることが知られている。ちなみに、この新しいビタミンPの発見者も、セント=ジェルジ博士の同僚で彼の研究に協力した科学者のひとりである。(p83-84)
このビタミンCの「発見」に大きな貢献をしたパプリカが、早くから(セント=ジェルジ博士のころから)「辛くないトウガラシ」だったわけではありませんでした。1936年当時も、辛みを和らげるために胎座を手で取り除く作業や、井戸水の入った水槽でパプリカの種子を踏む作業が必要でした。この苦痛をともなう作業から解放したのが、19世紀後半に発明されたパプリカのための蒸気製粉機であり、パプリカをナイフでひらいて種子と対座を取り除く行程の開発でした。ようやくパプリカが「辛くないトウガラシ」として登場するのは、1945年の農学者オベル・マイヤーによる25年間にわたる選択と交配の結果でした。こうしてグヤーシュをはじめとした、ハンガリーを代表するパプリカ料理が普及したのです。
「トウガラシ革命」が起きた国、起きなかった国
朝鮮と日本には、ほぼ同じ時期にトウガラシが持ち込まれたとされます。ところが、この二つの国におけるトウガラシの使い方(依存度合)がかなり違うことは不思議です。韓国・朝鮮ではキムチに代表されるトウガラシが多用されるのに対して、日本では一味・七味唐辛子のように薬味の一つとして利用されるに過ぎないのです。この違いを考えるうえで、一つの興味深い事実があります。それは、トウガラシが日本から朝鮮半島に持ち込まれたとする説(事実はともかくとして)があるのです。
意外なことに、文献記録によれば、朝鮮半島に初めてトウガラシが伝えられたのは、日本からだったとされる。その文献とは、1613年に編まれ、翌年に出た『芝峰類説(チボンリュソル)』(李睟光(イスグヮン)著)である。この文献によれば「南蛮椒(ナムマンチョ)には大毒がある。倭国からはじめて来たので俗に倭芥子(ウェギョジャ/にほんからし)というが、近頃これを植えているのをみかける。酒家(酒をつくって飲ませる店)では、その辛さを利用して焼酒(ソジュ)に入れ、これを飲んで多くの者が死んだ」という。(p162)
仮に、この文献のように日本から朝鮮半島に伝えられたとすると、それは豊臣秀吉の朝鮮出兵(1592〜98年)の時に持ち込まれたと推測されます。しかし、「トウガラシには毒がある」という風説もあつて、トウガラシはなかなか広まらず、キムチにも使われていなかったそうです。ようやく、1766年に刊行された『増補山林経済』にキムチにトウガラシを使う漬け物が出てくると指摘されています。
韓国料理に詳しい鄭大聲(チョンデソン)氏によれば、1766年に刊行された『増補山林経済』…の記述によれば、葉つきのダイコンにミル(海藻)、カボチャ、ナスなどの野菜とともにトウガラシ、サンショウ、芥子(からし)などの香辛料を混ぜ、ニンニク汁をたっぷり加えて漬けている。このほかに水分たっぷりの水キムチと呼ばれる冬沈(トンチミ)、白菜キムチ、ナスのキムチ、アワビ入りキムチ、カキ(牡蠣)入りキムチなど、今もあるキムチのほとんどが、この書物には見られるそうだ。(p164)
ようやく朝鮮半島でもトウガラシが使われるようになったものの、その使い方はかなり日本とは違ったようです。トウガラシが栽培され、多用されるまで、朝鮮半島では肉類の香辛料としてコショウが使われていました。しかし、ここではコショウが栽培できないため、もっぱら日本(琉球国)から輸入されていた高価なものでした。日本ではほとんど肉料理が発展しなかったため、輸入されたコショウをそのまま朝鮮半島に転売していたようです。そこで、容易に栽培でき、魚や肉類の匂いや味とよく調和したトウガラシが使われるようになったとされています。もちろん、それだけではなく①気候説、②貧困説、③栄養説、④塩の供給不足説、⑤食伝統説、⑥辟邪信仰説などが存在します。こうして隣り合った国でありながらも、風土や食文化の違いなどいくつかの理由によって、朝鮮・韓国と日本とではトウガラシの使い方に大きな違いが生まれたのです。
トウガラシの魅力
トウガラシの魅力は、やはり「辛さ」でしょう。ところが、私たちの味覚(美蕾が感じる感覚)には「辛味」は存在しません。甘味(エネルギー源)・苦味(毒)・酸味(腐敗)・塩味(ミネラル)・旨味(体の構成成分)である五味を感じることは、いずれも生存に不可欠な認知能力だとされます。では、なぜ「辛み」を感じるのでしょうか。
カプサイシンの辛さは、「痛い!」と感じる辛さなのである。そこで、トウガラシを食べると人間の体は、この痛みの元となる物質を早く消化し無毒化しようとして胃腸を活性化させるわけだ。トウガラシを食べると食欲が増進するのはそんためなのである。 トウガラシは胃腸を活性化するだけではなく、カプサイシンによって体に異常をきたしたと感じた脳は、脳内モルヒネと呼ばれるエンドルフィンまで分泌する。エンドルフィンは、モルヒネと同じような鎮痛作用があり、疲労や痛みを和らげる役割を果たす、そのため、結果的に、わたくしたち人間は陶酔感を覚え、快感を感じることになるのだ。(p208-209)
こうして私たちは「辛み」がもたらす「痛さ」に幸せを感じるものの、トウガラシがもつ腐敗防止作用やビタミンCなどの微量成分の補給に役立つことも大切な効果です。しかし、トウガラシの魅力は、こうした実用的なものだけとはいえません。本書が紹介する世界各地のトウガラシの文化は実に多様であり、ここでご紹介できなかったアフリカ(第4章)、東南アジア・南アジア(第5章)、中国(第6章)、そして日本(第8章)など各地で独自のトウガラシ文化が花開いているのです。
朝岡 幸彦(あさおか ゆきひこ / 白梅学園大学特任教授/元東京農工大学教授)
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