vol.43「すべての物質は毒であり、毒にならないものはない」 ~食と食育を考える100冊の本(25)
日向夏 著『薬屋のひとりごと』(1)〜(16)ヒーロー文庫、2014年

小城勝相 著『体の中の異物「毒」の科学』講談社ブルーバックス、2016年

まずは『薬屋のひとりごと』という本からご紹介します。漫画やアニメにもなっているため、すでにご存知の人もいるのではないでしょうか。もともとは「小説家になろう」というサイトで公開されているものですが、人気があって文庫や漫画、アニメになったようです。作者の日向夏さんは、小説の設定を次のように説明しています。
ファンタジーですので、実在の国ではありません。
モデルは唐代、楊貴妃の時代を中心に衣服や花街、後宮はイメージ。
文化レベルは、十六世紀ごろにしておりますが、話のネ夕的に、紙不足にさせたりすることもあれば、科学的知識は十九世紀ごろくらいまでなら使うようにしています。
ネタがなくなるので。
ある意味異世界ものではありますが、転生者はいません。
なんでチートキャラいるんだよ、と言われたら、この世界にもレオナルドダヴィンチさんとかいるので、問題ないという認識でやっています。
仏教はないはずですが、たまに仏教用語使っているのはご愛敵で、似て非なる宗教があるという認識でお願いします。
あと、カタカナルビが雰囲気を壊すという意見もありますけど、わかりやすさ重視でやっていますし、なにより書いているほうは言葉遊びの一つでも入れないと、書くのに飽きてしまうのでご了承ください。(日向夏 活動報告 2018年08月16日 (木) 22:57)
この小説の舞台は(昔の中国の)主に宮廷、「後宮」と呼ばれる場所であり、「薬屋」と呼ばれる(実際に薬を処方するのですが)主人公「猫猫(マオマオ)」が活躍しています。「後宮」「薬」という二つのキーワードから連想されるのが「毒」であり、皇帝の寵愛と世嗣をめぐるドロドロの権力争いのツールの定番ともいえるものです。とはいえ、設定や展開がよく考えられており、文体も軽妙な感じがして楽しく読めます。
ここでもう一冊、小城勝相『体の中の異物「毒」の科学』という本(以下、毒の科学)も合わせてご紹介します。日向さんの本はよく調べられているのですが、ファンタジー小説ですので「毒」そのものの説明は(面白いのですが)一般的なものです。別に毒の解説書ではないので当たり前なのですが…。そこで小城さんの本のサブタイトル、「ふつうの食べものに含まれている危ない物質」に惹かれて、合わせてご紹介したら数倍楽しく読めるのではないかと考えました。
食べものが含むさまざまな毒物ー一般に生体異物(xenobiotics)といいますが、これに対するリスクを、科学はどのように扱っているのでしょうか?(小城、p3)
本書で取り上げるのは、(略)「中毒学」、すなわち、毒の科学である。 毒物とは、化学反応によって生物に障害を引き起こす物質=生体異物のことである。生物は、膨大な数の化学反応(体内で酵素によって起こる化学反応を「代謝」という)によって生命を維持している。別の表現をすると、それら化学反応によって、体内の恒常性(ホメオスタシス)を維持している。 恒常性とは、たとえば(略)血液内に存在するすべての物質の濃度(含まれる割合)が神経系、内分泌系(ホルモン)、代謝系の協働作業によって一定の範囲に維持されることである。その値は、ヒトであれば誰でもほぼ同じ数値を示し、そこから一定以上はずれると病気と診断されることになる。(小城、p16-17)
さて、身近な「毒」に私たち(私たちの身体)がどのように対応しているのか。その仕組みを考えながら、猫猫の世界を読み解いてみましょう。
「おしろいはどく、赤子にふれさすな」
都の遊郭に間借りして「おやじ」(実は伯父さん)の薬屋を手伝っていた猫猫は、ある日、薬草取りに夢中になっているうちに人さらいに拐われて後宮に売りとばされてしまいます。下女として働く猫猫は、ある噂話を耳にします。
それは、妃たちの生んだ子ども、つまり世継ぎとなられる宮たちのことを指していた。東宮時代に一人、皇帝になられてから二人、どれも乳幼児のころに身まかられている。幼子の死亡率が高いのは当たり前であるが、殿上人の子が三人ともとなるとおかしい。
現在、玉葉妃と梨花妃の二人の子どもだけが生き残っている。
(毒殺ではなかろうか?)
白湯を含みながら猫猫は考えるがそれは違うと結論に至る。
三人の子どものうち、二人は公主だったからだ。男子にのみ継承権の与えられる中で、姫君を殺す理由などほとんどない。(日向、2/393)
「乳幼児の死亡、頭痛、腹痛、吐き気。梨花妃の白い肌とおぼつかない身体」に気づいた猫猫は、誰にも気づかれぬように寵妃に「おしろいはどく、赤子にふれさすな」と書き送ったのです。
「なぜ、公主殿は持ち直されたのですか?」
単刀直入に申し上げると、玉葉妃はふっと小さな笑みをこぼすと懐から布きれを取り出した。
はさみも使わず裂いた布に、不恰好な字が書いてある。字が汚いというわけでなく、草の汁を使って書いたため、にじんで読みにくくなっているのだ。
『おしろいはどく、赤子あかごにふれさすな』
たどたどしく書いたのもわざとであろうか?
壬氏は首を傾げる。
「おしろいですか?」
「ええ」
玉葉妃は侍女に公主を任せると、引出から何かを取り出す。
布にくるまれたそれは、陶器製の器だった。蓋を開けると、白い粉が舞う。
「おしろい?」
「ええ、おしろいです」
ただ白いだけの粉になにがあるのだろうとつまむ。そういえば、玉葉妃は元々肌が美しいのでおしろいをしておらず、梨花妃は顔色が悪いのをごまかすように塗りたくっていた。
「公主は食いしん坊でして、私の乳だけでは足りず、乳母に足りない分を飲ませてもらっていたのです」
赤子を生まれてすぐなくしたものを、乳母として雇い入れたのだ。
「それは、乳母が使っていたものです。ほかのおしろいに比べて白さが際立つと好んで使っていたものです」
「その乳母は?」
「体調が悪かったようなので暇を出しました。退職金も十分与えたはずです」
理知的で優しすぎる妃の言葉だ。
おしろいの中になにかしら毒があれば、どうだろう。
使うものが母親ならば、胎児に影響を与え、生まれた後も授乳の際口に含むこともあるだろう。
壬氏も玉葉妃もそれがどんなものかわからない、ただそれが東宮を殺した毒だということは理解できた。
(日向、3/393)
猫猫の話には、もう一度、同じ毒の話が登場します。
薬屋は壬氏からそっと杯を取る。
「失礼します」
箸を杯の葡萄酒に入れると一滴だけ口に含んだ。ゆっくり味わったあと、そっと部屋を出る。口に含んだものを吐き、洗い流すためだろう。
すぐに戻って来た薬屋は、葡萄酒が入った瓶を持ってくる。
「毒になっています」
「なっている?」
意味深な言葉を紡ぐ薬屋。
「私が飲んだものより、いくらか甘くなっておりました。もう少し、使い込めば、もっと甘くなるでしょう。甘く美味しく感じますが、成分は毒なのです」
「意味がよくわからないが、俺の意見を述べていいか?」
「どうぞ」
表情を変えずに、薬屋は頷く。
「単品では毒ではない。だが、二つ合わせると、毒になるということか?」
壬氏の意見に、薬屋はかすかに口角を上げる。正解らしい。
「金属は酸の強いものに溶ける性質があります。この器は鉛でできているのでしょう。鉛と酸っぱい葡萄酒を混ぜると、鉛が溶け出てできたものが甘くなると言います。西方では、葡萄酒に鉛を入れて甘くしたと聞いたことがあります」
そして、それを飲んだ人間は中毒症状を起こす割合が多かったと。
「あくまで、養父による見解ですが、それが原因で中毒になった可能性が高いかと」
彼女の養父は、かなり優秀な医者らしい。薬屋曰く、一を聞いて十を知る人物だとか。
「……」
壬氏はそっと鉛の器を置く。
「一回、二回飲んだところでは、急な中毒症状を起こすかわかりませんが、常用すると危ないかもしれません」
明言はしない。憶測で物を言いたくないのがこの薬屋の特徴だ。
「仮に、これが毒だとしてどんな症状が現れると思うか?」
壬氏の質問に、薬屋は一瞬考えた。
「……後宮の毒白粉のことは覚えていますでしょうか?」
「ああ。忘れるわけもなかろう」
「あれは鉛に酢を入れて作ると聞いたことがあります」
つまり、白粉中毒と同じような症状が起きるということか。
壬氏は納得する。
(日向、185/393)
さて、おしろいと葡萄酒に入っていた鉛は、どのような「毒」なのでしょうか。その答えは、「毒の科学」第5章「無機物の毒性」に登場します。私たちの生命(身体の恒常性)を維持するためにはマクロミネラル(Na,K,Ca,P,Mg,Ci,S/1日あたりの接種量が比較的多いもの)、ミクロミネラル(Fe,Zn,Cu,Cr,I,Mn,Se,Mo,Co/比較的少ないもの)に区分される無機物があり、「いずれも必須なのだから、不足した場合に欠乏症を起こす一方、これらどの物質にも過剰症を起こす毒性」があるのです。たとえば、日本人が多く摂り過ぎると指摘されるナトリウム(Na)の摂取量は、1日あたり10g以下とされています。猫猫の話でも、酒の味がわからなくなってしまった老武官に、嫌がらせで大量の塩を酒に入れて殺してしまう話が出てきます。
こうした必須ミネラルではないものの、身近に使われていても摂取すると有毒な金属があるのです。
かつて鉛は、白いペンキや白粉(おしろい)に使われていてひんぱんに中毒を起こした。大名家の乳母が体にも白粉のようなものを塗っていて、授乳のときに後継ぎの乳児が鉛を吸収したことで鉛中毒が発生したという話もあるが、真偽は定かではない。一方、米国では、子どもが家に塗ったペンキの破片を食べたことから鉛中毒事件が起こった。
鉛は2価イオンの状態で血液に入るが、子どもの消化器からの吸収率は40%と、成人の3倍にも及ぶ。吸収された鉛(以下、つねにイオンの状態にある)は血液中に入り、子どもの不完全なBBB(血液脳関門)を突破して脳に侵入する。血液中の濃度が70μg/dLを超えると、鉛脳症を起こす。それより低濃度の10μg/dLでも、IQの低下が起こることがわかっている。(小城、p124-125)
鉛以外にも、ヒ素やカドミウム、水銀などのミネラルが有毒な非必須ミネラルとしてよく知られています。
「しかし、適当な量を摂取すれば薬にもなる」
「すべての物質は毒であり、毒にならないものはない。しかし、適当な量を使えば薬にもなる」(パラケルスス)。必須ミネラルであっても適量を越えて摂取すれば、「毒」になることがよく知られています。
パラケルススがいうように、どんな物質も、過剰に摂取すれば毒になりうる。私たちが「毒」というとき、それは、比較的少量でも毒性をもつ物質を指している。そのような毒の作用機構、作用量、解毒機構などを研究する学問が中毒学である。化学物質による毒性発現機構もその解毒も、すべて生体成分と毒物の間の化学反応によって行われる。これらの化学反応の詳細を明らかにしていくことが、中毒学の一つの目的である。(小城、p60)
毒物や医薬品の効果を評価するとき、それらの投与量を体重1kgあたりのmg数(mg/kg体重、略してmg/kg)という単位で現し、用量(dose)という。 たとえば、体重60kgの人がある薬品を60mg摂取すると、用量は1mg/kgになる。小児の医薬品の服用量が成人に比べて少ないのも、一般的にいって相撲の力士が酒に強いのも、薬物の効果が体重あたりで決まるからである。(略) 毒物や医薬品の用量と、効果の強さとの関係を概念的に示したのが【用量反応曲線】)である(*【 】内は引用者)。このような対応関係を「用量ー反応関係」とよぶ。横軸にmg/kgで表される用量がとられ、縦軸に生体側の反応がとられている。通常、低用量では効果が現れないが、用量の増加とともに何らかの反応が現れてくる。この曲線を用量反応曲線という。 反応が現れない最大の容量を、最大無作用量または無有害作用量(NOAEL:no observed adverse effect level)とよぶ。この値は閾値ともいわれ、食品添加物や農薬などの化学物質の毒性を評価するうえで重要な役割を果たす数値となっている。 閾値を超えたところで、何らかの有害な臨床症状が現れるのが「中毒」である。医薬品では、ある容量を超えたところで好ましい治療効果が失われ、やがて中毒、副作用を引き起こす。さらに用量が増えると、死にいたるケースもある。(小城、p61-62)
このように用量が閾値を超えて使われると「中毒」を引き起こし、さらに投与(もしくは摂取)を増やすと副作用(障害または死)が取り返しのつかないレベルになるのです。摂取後24時間以内に効果が現れる「急性毒性」と発現に長い時間を要する「慢性毒性」があり、急性毒性を評価するために「50%の動物が24時間程度で死亡する用量」を「LD50」(Lethal Dose 50)と呼んで「致死用量」を現します。「毒の科学」にはいくつかの物質のLD50が例示されており、エタノール=1万(mg/kg)、食塩=4000、硫酸鉄1500、シアン化カリウム(青酸カリ)=10、ニコチン=1、テトロドトキシン(フグ毒)=0.1、テトラクロロジベンゾジオキシン(TCDD)=0.001、ボツリヌス毒素=0.00001、なっています。
エタノールでは、体重60kgのヒトが一時に600gを摂取すると、半数が死亡する。ウイスキーのエタノール濃度は約40%なので、ウイスキーを1.5L、つまり、ボトル2本を短時間で飲めば、半分のヒトが死亡することになる。日本酒でいえば、一升瓶2本程度で同じ結果が生じる。 LD50は、ラットなどの動物実験から得られる数値である。私が実施した経験上では、ラットのほうがヒトよりはるかにアルコールに強い肝臓をもっているので、ヒトはこれより少ない量で死ぬ可能性がある。リスクを高めに見積もって、10人が一升瓶を一気飲みすれば2〜3人程度は死ぬ可能性があると考えておいたほうがいいだろう。 (略)ニコチンは青酸カリの10倍、フグ毒では100倍も毒性が強いことがわかる。テトラクロロジベンゾジオキシン(TCDD:一般にダイオキシンと言われる…)は、フグ毒よりさらに100倍強い。最も毒性が強いのはボツリヌス菌が作る毒素で、これによる食中毒が起こることはめったにないが、いったん起きてしまえば致命的であることが理解できる。(小城、p68-69)
慢性毒性だと思われているアルコールも、短時間で大量に飲めば(摂取すれば)致死用量にいたることは驚きです。「一気飲み」は嘔吐物が喉に詰まって呼吸困難になる危険性が高いと考えてきたのですが、やはり絶対にダメですね。もちろん、たいていの人は「死ぬほど」飲む前に酔っ払って倒れてしまうのだと思いますが、こうした数値には個人差がつきものであり、まれに飲み続けられる人であってもやめるべきでしょう。
さて、ここに登場した「テトロドトキシン(フグ毒)」も強力な急性毒性をもつことがよく知られていますが、当然のように猫猫の話にも登場しています。
羹を差し出され、娘が匙をいれる。目視し、舌の上にゆっくりのせる。
娘の目が一瞬、見開いたかと思えば、急にとろんと蕩けるような笑みを浮かべた。
頬に赤みがさし、目が潤み始める。唇が弧を描き、半開きになった口から白い歯と艶めかしい舌が見えた。
これだから女は恐ろしい。
唇についたしずくを舐めとるさまは、熟れた果実のような最高級の妓女の笑みであった。
どれだけ美味い料理なんだ。
平凡な娘をあれだけ妖艶にするなにかがあるのだろうか、宮廷料理人の匠の技によるものか。
ごくりと生唾を飲んだ時、娘は信じられない行動にでた。
懐から手ぬぐいを取り出し、口につけると食べたものを吐き出した。
「これ、毒です」
無表情に戻った侍女は、業務事項を伝えると幕の裏側に消えていった。
宴席はどよめきをみせながら終わりを告げた。
(日向、21/393)
「おまえがあんまり元気そうに出ていくもんだから、ほんとに毒かって食べた奴がいたんだよ」
「誰ですか、その莫迦は」
使われたのは河豚毒だった。
食べてしばらくしないと毒の効き目は表れない。
「大臣がしびれてる。あっちはそれで大騒ぎだ」
なるほど、これでは国の未来も危ないことだ。
「せっかくなので、これ使ってもらったらよかったのに」
胸元からごそごそと布袋を取り出す。胸の上げ底に入れていた嘔吐薬だった。
「胃がひっくり返るほど、よく吐けるように作ったのに」
「いや、それは毒だろ?」
呆れた口調で壬氏はいった。
(日向、22/393)
日本国内では過去10年間(2015〜2024年)に毎年20件前後のフグ毒による食中毒事故が発生しており、そのうち4名が死亡しているそうです。原因の9割以上が知識のない(資格をもたない)自家調理や素人調理だとされていますので、いくら高くてもきちんとしたお店でフグ料理は食べなければなりませんね。
「鯖とあわびですか。食べられないのは」、そして蜂蜜
「外部から侵入した異物によって生体システムに障害が発生することを中毒とよぶなら、アレルギーもまた、その一形態である」(小城)とされるように、アレルギー反応を引き起こす物質も人によっては「毒」となります。日本人の3〜4人に一人がスギ花粉症であるといわれていますが、特定の環境や体質などの条件がそろうと発症するアレルゲンはまさに「毒」といえるはずです。猫猫の話にも、食物アレルギーがでてきます。
湯冷ましを置き、里樹妃に一礼する。
「失礼します」
「!?」
妃の左手をとり、長い袖をめくった。白いたおやかな腕が現れる。
「やっぱり」
本来、すべらかな感触のはずの肌に、赤い発疹ができていた。
「食べられないものがあるんですね、魚介の中に」
里樹妃はうつむいたままだった。
「どういうことなんだ?」
壬氏が腕組みをしたまま、聞いてくる。
いつのまにか、また天女のたおやかさを漂わせていた。
しかし、いつもの笑みはない。
「人によっては、食べられない食物がそれぞれある場合があるんです。魚介の他に、卵、小麦、乳製品などもありますね。かくいう、私も蕎麦が食べられません」
明らかに驚愕の顔を見せるのは、壬氏と高順である。毒は平気で食らうのにといわんばかりだ。
(ほっといてくれ)
一応、食べられるように努力したが、気管支が狭まり呼吸困難になった。そもそも、食べて腹から吸収されて発疹ができるので、量の調整が難しく治りも遅い。だから、慣らすのをあきらめた。
そのうち、もう一度挑戦してみたいと思うのだが、やぶ医者しかいない後宮では試すことはできないだろう。
「なんでそれがわかったの?」
恐る恐る妃が口を開く。
「その前に、お腹の調子は大丈夫ですか。吐き気や痙攣はないように見えますけど」
よかったら、下剤調合しますよ、という言葉にぶんぶん頭を振った。
憧れの天上人の前でそれをいうのはなかなかひどい話である。ちょっと仕返しした。
「では、腰掛けて聞いてください」
見た目によらずまめな男の高順は、椅子をひいている。それに、里樹妃は座る。
「玉葉さまのお食事と入れ替わっていたからです。玉葉さまは好き嫌いがないので、ほとんど主上と同じものを召し上がりますから」
それなのに、一品目も二品目も具材が違った。
「鯖とあわびですか。食べられないのは」
妃がこくりと頷く。
後ろで侍女が動揺を見せたのを猫猫は見逃さなかった。
「これは食べられない人間にしかわからないものですが、好き嫌い以前の問題なのです。今回は、蕁麻疹程度で済みましたが、時に呼吸困難、心不全を引き起こします。いわば、知っていて与えたなら、毒を盛ったことと同じことです」
毒という言葉に過敏に反応する。
「里樹さまは、場の雰囲気もあって言い出せないことだったでしょうが、非常に危険な行為でございます」
猫猫は、視線をぼんやりと妃と侍女のあいだに定めた。
「ゆめゆめ、忘れないようにしてください」
どちらにというわけでもなく忠告した。
しばらく間をおいて、
「常食の配膳係にもお伝えください」
と言ったが、妃と侍女は頭にはいっていないようだ。
猫猫はお付の侍女に、詳しく危険性を説明し、もしもの場合の対処方法を書にしたためて渡した。
侍女は青白い顔のまま、小刻みに首を振っていた。
(脅しはこんなもんか)
侍女は毒見の女だった。
あの笑っていた女である。
(日向、22/393)
しかしながら、食物に対する過敏症には、「免疫系の過剰反応として現れるアレルギー」と、「非免疫反応によって起こるもの」とがあり、鯖を食べて蕁麻疹が出るのは「サバに含まれるヒスチジンというアミノ酸が微生物によって分解され、ヒスタミンが蓄積していることから起こるもので、アレルギーではない」(小城)そうです。同様に、乳児に蜂蜜を食べさせてはいけないというお話もよく知られたものなのですが、これもアレルギーではありません(日向、「蜂蜜」に登場)。蜂蜜には、まれにボツリヌス菌の胞子(芽胞)が含まれており、1歳未満の赤ちゃんは腸内環境がまだ未熟なため、菌が腸内で増殖しやすく、「乳児ボツリヌス症」を発症するリスクがあるそうです。
さて、日向夏さんの『薬屋のひとりごと』に登場する「毒」に関わる逸話を、小城勝相さんの『体の中の異物「毒」の科学』によって読み解いてみました。猫猫の世界はファンタジーなので「毒」に関する知識や対応も時代を特定できないものですが、近代以前には存在しない「毒」への対応方法が「毒の科学」には書かれています。その典型が「毒を封じる社会制度」(第10章)です。もちろん現代の「中毒学」の成果は中毒を防ぐ仕組みにとどまらず、「毒としての放射位物質をどう考えるか」(第6章)や「がんを引き起こす毒物」(第8章)など新たな知見が多くあります。ぜひ「中毒とは何かー生命科学としての中毒が入門」(第1章)からじっくりお読みください。
朝岡 幸彦(あさおか ゆきひこ / 白梅学園大学特任教授/東京農工大学名誉教授)
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