知ってなるほど 教授のお話し 食育のチカラ

vol.33ファリゴンのミートパイ、ソーセージ、煮込み、グラタン、クリーム煮 ~食と食育を考える100冊の本(15)

九井諒子『ダンジョン飯』KADOKAWA、2015~2023年

九井諒子『ダンジョン飯』KADOKAWA、2015~2023年

 ゲームやコミックで人気のある冒険ファンタジーですが、勇者や剣士と並んで欠かせないキャラクターは、やはり魔法使いでしょう。「指輪物語」「ゲド戦記」「ナルニア国ものがたり」などの古典はもとより、ジブリ作品にも「魔女の宅急便」「ハウルの動く城」「ゲド戦記」「アーヤと魔女」には魔法使いが登場します。この魔法ファンタジーの世界が、子どもたちにとってかけがえのない意味をもつと、脇明子『魔法ファンタジーの世界』(岩波新書、2006年)は述べています。

 幼稚園や保育園時代に、絵本だけでなく昔話やファンタジー作品もたくさん読んでもらい、物語の世界に入りこむというのがどんなに楽しいものかを、心底から実感していれば、そんな抵抗は起こらない。たぶんそういう子どもたちは、たとえ小学校に進んで常識の鎧をまといはじめても、物語を楽しむときにはそれを脱ぎ捨てるか、少なくとも紐をゆるめて身体を楽にするもんだということを、自然に理解しているのだろう。だが、そんな幸せな子どもは少数派で、想像力を全開にして物語の世界に入る楽しみを知らないまま小学生になった子どもたちは、獲得した常識に反するものに抵抗を示し。ファンタジーとしての設定が作品ごとにちがったりすると、納得できないという顔をしがちだ。(p8-9)

 魅力あふれる魔法ファンタジーの世界で、あまり聞いたことのない(読んだことのない?)設定となっているのが、九井諒子の『ダンジョン飯』です。「ダンジョン(dungeon)」とは一般に監獄や獄舎、拘置所を指す言葉ですが、ファンタジー作品やゲームでは冒険的な地下迷宮や洞窟を指す言葉とされています。確かに、この作品で冒険する世界は地下迷宮であり「ダンジョン」なのですが…、これに「+ 飯」というところが極めつけの特徴となっています。さて、魔法ファンタジーの世界に「+ 飯」がつくと何が起こるのか。ネタバレに注意しながら、読み解いてみましょう。
 
 腹が減ったな…



 ことは、ここから始まるのです。

 それは小さな村から はじまった。 ある日 小さな地鳴りと共に地下墓地の底が抜け 奥からひとりの男が あらわれた。 男は1千年前に滅びた 黄金の国の王を名乗る。 かつて栄華を誇った その国は 狂乱の魔術師によって 地下深く今なお 囚われ続けているという。 「魔術師を倒した者には 我が国のすべてを与えよう」 そう言い残すと 男は塵となって消えた(第1話)。

 このファンタジーらしい始まりの直後に、場面はドラゴンとの戦闘シーンとなり、冒険者のギルド(グループ)は「準備は万全 負ける要素などない」はずだったのに、3日分の食料を失うことで「皆の動きも 精彩を欠いている」のです。そして、とうとう「全滅する」と覚悟した途端に、「私たち 魔法で迷宮から 脱出したみたい」となります。ただし、リーダーであるライオス(足長族)の妹・ファリンがドラゴンに食われてしまったのです!
 どうするライオス!
 物語の導入がこうであれば、妹の仇を取るか、魔法による妹の復活を期待して再び迷宮の冒険に出かけるというのが定番ですが…、先立つもの(お金)がないのです。何よりも迷宮で生きていくには食料の確保が大切です。そこでライオスが考えたのが、「食糧は迷宮内で 自給する」というものです。つまり、「肉食の魔物がいれば その糧となる 草食の魔物が!」「草食の魔物が 食う植物に 植物の栄養となる 水や光や土が!」「すなわち 人間も迷宮で 食っていけると いうことだ!」と説明します(ダンジョン飯魔物図鑑)。なんと『迷宮グルメガイド』という便利な本まで持っているのです。ここに、センシという料理名人のドワーフが登場して、「大サソリと歩き茸の水炊き」ができあがります。

 「大サソリを 食べる時は ハサミ 頭 足 尾は必ず 落とす」「尾は腹を くだす」「身にも 切れ込みを 入れておく」「熱も通りやすく 出汁も出て 鍋全体が うまくなる 食べやすいしな」「内臓も簡単に とっておく」「苦いし 歯触りが よくない」「歩き茸は尻と 表面3センチ メートル分 捨てる」「足はうまいので すべて入れる」(墓場に生えた花苔・イシクラゲを加えて)「(スライムに)柑橘類の 果汁を加えた  熱湯でよく洗い」「水分をよく拭き取るか あるいは塩をもみこみ」「じっくり 天日干しすれば 高級食材の完成だ」
 「できたぞ」 材料(3~4人分) 大サソリ1匹 歩き茸1匹 茸足2本 藻(花苔・イシクラゲ)適量 サカサイモ中5本程度 干しスライムお好みで 水適量(第1巻p26~33)

 「うまい!」「うわっ おいしい!」となるのです。はたして魔物を食って、ほんとうに大丈夫なのか?そもそも魔物なんているのか?などとは考えないでください。ファンタジーなのですから。しかし、大サソリ=ザリガニ、歩き茸=キノコ、香りの良い茸足=マツタケ、スライム=クラゲに見立てると、何か美味しそうな気がしないでしょうか。「ザリガニ(または大エビ)とキノコの水炊き」ならば私たちでも食べられそうですね。

豊かな食材と未知の料理

 物語の進行に合わせて、次々に魔物料理が登場します。一行のなかの唯一の魔法使い・エルフのマルシルは「ゲテモノ」が苦手で、「無理無理 絶対に無理!」「ヤダーッ」「やだやだ 絶対やだ」と激しい拒絶反応を示します。当たり前ですよね…。とはいえ、お腹が「ぐぅー」「ぐうぅ~」となってはたまりません。こうして、鍵師・ハーフフットのチルチャックを含む、4人のギルドで冒険は進むのです。当然ですが、いろいろな魔物が登場して、次々にこれを「料理」していくのです。
 「人喰い植物のタルト」「ローストバジリスク」「マンドレイクとバジリスクのオムレツ」「マンドレイクのかき揚げと大蝙蝠天」「動く鎧のフルコース」などなど。ここでは、調理過程を説明しているいくつかの料理をご紹介しましょう。

 《人喰い植物のタルト》「まず軽く蒸す」「ヘタにそって 丸く切って」「少しねじり …」「ひっぱる と」(ずる る)「綺麗に 種がとれる」「むいた皮は よく叩いて やわらかくし」(がん ばん ばん)「フライパンに 敷き詰める」(ギュ ギュ ギュ)「未熟果を すりつぶし」「スライムと 少しの サソリ汁を入れ」「粘りが 出るまで 混ぜる」(ぬち ぬち ぬち)「なめらかに なったら」「残りの サソリ汁と 乱切りにした 木の実を投入」「ざっくりと 混ぜて」(さく さく)「フライパンに 流していく」(でれ)「しばし加熱」「表面がふつふつ してきたら」「残りの実を のせる」(第1巻p57-59)
 《ローストバジリスク》「足と尾を切断」「軽く湯がいて 羽根をむしる」「内蔵を取り」「香辛料をすりこみ」(ぐり ぐり)「しばらく 寝かせると 味が整う」「詰め物の 野菜と香草を 準備する」(薬草、毒消し草、いい薬草、火傷草、魔力草、石化消し草、麻痺消し草)「みじん切りに した香草を 腹に詰め」「切り口をしばる」(キュ)「肉と卵の 一部は燻製に しよう」「尾はスープに するか…」(ウキ ウキ)「肉に串を通して」(がしゃ)「じっくり ロースト する」「完成じゃ!」(第1巻p80-83)
 《マンドレイクのかき揚げと大蝙蝠天》宝箱の煮え油わなでオリーブ油を手にいれる。肉を切るために斧わなを使う。火罠をコンロがわりにする。「大蝙蝠の肉は 皮を厚めに剥ぎ ぶつ切りに」「軽く 切れ込みを 入れ」(スウ)「調味料をもみこむ」(ぐにゅ にゅっ)「少し寝かせる」「マンドレイクの 皮を剥ぐ時は」「手足を先に 分断すると いい」「絡まったのを ほぐせば 手でもげる」(ポキ)「胴体部分は しっかりと」「手足部分は 色の濃い部分を 軽くこそぐ程度 でいい」「衣の準備…」「水に バジリスクの 卵をとき」(ちゃっ ちゃっ)「小麦粉を 振るい入れる」(てん てん)「ダマに ならないよう さっくりと 混ぜたら」(さく さく)「マンドレイクを 衣の中へ」「マンドレイクを すくい 油の中に 入れる」(シャ ワワワ)「崩れない程度に 揚がったら ひっくり返す」(第1巻p124-134)

 こうしてみると、果実のタルトやチキンロースト、ごぼうのかき揚げと鶏の天ぷら、のような気がしますね。こうした料理を出すときに、《人喰い植物のタルト》《ローストバジリスク》《マンドレイクのかき揚げと大蝙蝠天》とメニューに書いたら、どう反応されるのでしょうか。
 まだまだ、魔物料理は続きます。「ゴーレム畑の新鮮野菜ランチ」「天然♡おいしい宝虫のおやつ♪」「特製♪無国籍風聖水」「厄よけ祈願!除霊ソルベ」「茹でミミック」「ジャイアントクラーケンについていたジャイアント寄生虫の蒲焼き&白焼き」「ケルビーの焼き肉」「テンタクルスの酢和え」「ウンディーネで煮込んだテンタクルスとケルビーのシチュー」「テンタクルスのニョッキ」「レッツ炎竜にカツレツ」「ローストレッドドラゴン」「ドラゴンテールスープ」「ドラゴンボンレスハム」「ジャック・オー・ランタンのポタージュとドライアドのチーズかけ蕾ソテー」「コカトリスのアイスバイン風とドライアドの蕾のザワークラウト風」「コカトリスの石焼き親子あんかけ」「ハーピーの卵で作った卵焼き」「5階層の思い出ピラフ」「5階層丸ごとピカタ」「スイートドライアド」「夢魔の酒蒸し」「アイスゴーレム茶碗蒸し」「バロメッツのバロット」「魂のエッグベネディクト」「野菜のスライム寄せ」「刃魚のローフ」「スカイフィッシュアンドチップス」「グリフィンのスープ(上半身)」「グリフィンのスープ(下半身)」「ヒポグリフのスープ」「ヒポグリフの水餃子」「ダンプリングをフェアリーリングでチェンジリング」「ハンバーグのチェンジリングソースかけ」「カリカリ茸と卵のサンドイッチ」「サキュバスホットミルク」「サキュバスとバイコーンの脳ドリア」「バロメッツのスープ」「フェニックスのコンフィ」「首刈りうさぎカレー」「グリーンドラゴンのアクアパッツァ」「黄金郷ドラゴン」などなど…。

仲間とともに「食べる」学び

 冒険ファンタジーである以上、魔物と戦う(食べるも)だけでなく、ギルド仲間との協力や確執を通してお互いの信頼を強めていくというストーリーが展開します。この本の大きな特徴は、いうまでもなく魔物を「食べる」行為への葛藤や「喜び」を通して繋がりが深まることです。魔物を「食べる」ことによって「学んでいる」ともいえます。例えば、「大サソリと歩き茸の水炊き」に強く抵抗していた魔法使いのマルシルですが、その後も「不衛生なのは 絶対嫌!」「亜人系は 論外!!」「もっとこう 普通のは ないの?」「鳥とか! 木の実とか!」と正論を述べます。そこで…。

 「いや」「この時期 木の実や 果実なら 山ほどあるぞ」「えっ…」「ほんと?」(ぐっ)(ドン!)(ダン!)(ゴン!)「ほらぁー」「やっぱ 人喰い植物の 木の実じゃん!!」「マルシル」「それは 違う」「「人喰い植物」は 俗称で」「例えば あのはな」「正式名称は バラセリアという」「主に 獣道に自生」「クモの糸に似た 粘液を出し 生物が触れると 反射的に 引き寄せる」「動くものに 巻き付くが 消化能力はない」「自分で堆肥を作る植物なんだ」「特に人を 好んで襲う わけでも 食べている わけでもない」「でも人を 養分にする こともある んでしょ」「普段 キミが食べている  野菜も元をたどれば 生物の糞や死骸から できているんだよ」(第1巻p47-49)

 ごもっとも、ごもっともです。私たちがふだん食べている食材も、確かに他の生き物やその死骸を糧にして生き、成長しているわけです。そこでマルシルは「私がまとめて 片付けて あげる」と魔法を使おうとしますが、センシに「やめろ ばかものっ!!」と一喝されるのです。「木の実まで 魔法で 吹き飛ばす つもりか」「食べる分だけ いただく これが 鉄の掟だ」と諭されるのです。
 また、途中で助けた初心者ギルドに「どうしたら ライオスさんたち みたいに」「魔物を料理 できるぐらい 強くなれるんで しょうか!?」と問われて、すかさず「ま まず食生活の 改善!!」「生活リズムの 見直し!!」「そして 適切な運動!!」「その3点に 気をつければ」「自ずと 強い身体は 作られる!!」とセンシが即答しているのです。

 「同じ食材でも 状況によって 色んな味になる」「試行錯誤 するのも 楽しいんだ」「迷宮を 彷徨っていると 時折暗い気持ちに 支配される」「だけど 食事の時間は 忘れられた」「というより 考える暇が なかった」「それって 基本的に食事は 前向きな行為 だからだと思う」「どんな生き物も 生きるために 何かを食べる」「食べずして 生きては いけない」「食事を しないのは 死者だけだ」「シスル 黄金郷の人々は 苦しんでいる」「眠ることも 食べることも 必要のない」「永遠の生に 疲弊している」(第11巻p 55~56)

 これは、狂乱の魔術師・シスルにライオスが「グリンドラゴンのアクアパッツァ」を勧めながら語る言葉です。

別世界からの帰還

 さて、冒険ファンタジーの世界から、私たちもそろそろ現実の世界に戻る必要がありそうです。脇明子は中沢新一の「カイエ・ソバージュ」や『指輪物語』『ゲド戦記』などの作品を引きながら、ファンタジーの喜びを支えるものが「具体性の世界」であり、「宇宙の中で拘束を受けながら生きている人間の条件」(中沢)だと指摘しています。優れたファンタジー作品にはリアリティがあり、現実嫌悪や現実逃避とは異なる「五感の体験」がもたらす「成長が実感できる物語の力」や「嘘をつかずに希望を語る物語」があるというのです。

 現実の世界のなかに、愛するに足る人間や風景、動植物などを見出し、それを物語のなかに活かすことのできる作家は、その愛を読み手に手渡し、いつかその「本物」に出会ったときに、心からの願いが現実になったかのような深い喜びを与えてくれる。「鹿踊りのはじまり」を知らずにその夕焼けを見たとしても、もちろんその美しさに感動はしただろうが、風に鳴るブナの声までが記憶に焼きつくほどの喜びは味わえなかったのではないだろうか。それを可能にしたのは、はんの木のむこうに夕日が沈む光景の美しさを見事に活かしきった物語の力だ。私にはそれが、物語に出てくるどんな魔法よりも、さらに不思議で美しい魔法のように思えてならない。(脇明子『魔法ファンタジーの世界』p201)

 「ひもじさをしずめるパン」「かわきをとめる泉」のように、ふつうに考えれば「なんの不思議もない」「あたりまえのこと」が物語(ファンタジーの世界)で「秘密めいた魔法の言葉のように感じられる」のです。『ダンジョン飯』の世界が描く、異世界で「食べる」という行為を通して「自分の心からの願いに気づき。この世界のいろんな美しさに目を開かれ、ただのパンや水を魔法の食べものや飲みものに変えるすべを知れば、人生はどれほど豊かになること」でしょう。

朝岡 幸彦(あさおか ゆきひこ/東京農工大学)

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