知ってなるほど 教授のお話し 食育のチカラ

vol.21美味しくする言葉のチカラ ~食と食育を考える100冊の本(3)

B.M.FT『SIZZLE WORD シズルワードの現在』B.M.FT出版部、2015年

『SIZZLE WORD シズルワードの現在</a>』B.M.FT出版部、2015年

 料理する人にとって「美味しい」の一言は、きっと大きな励みとなるに違いありません。  しかし、材料を吟味し、手間を惜しまず、工夫に工夫を重ねた料理の品々を、すべて「美味しい」の一言で表現されてしまうのも残念な気がします。例えば、あるハンバーガー・チェーンのハンバーガーを「美味しい」と言った後に、高級すし店の握り鮨を同じ「美味しい」という言葉で表現して良いのかということです。同じ料理でも、食材や調理法などとともに、料理する人の個性による微妙な違いが出てくるはずです。三つ星レストランの批評家でなくても、何が、どう「美味しい」のか、もう少し表現を工夫しても良いのではないでしょうか。

くどうれいん、盛岡三大麺

 2020年10月、朝のモーニングショーで作家・くどうれいんさんの一つの作品(盛岡三大麺の一節)を耳にしました。この作品の文字化されたものが見つけられないため、その時の音源から聞き取った表現をいくつかご紹介します(表記の仕方や区切り方が原作と異なっているかもしれません)。

  1. ①「透明な麺はツルツルとしていて 強いコシがある 噛めば 噛むほど 甘みが出て 味わい深い」
  2. ②「ひたすらにお蕎麦を食べる この蕎麦が またちゃんと美味しいのだ ちゃんと美味しいが 味わっているまもなく つぎのお蕎麦が 集中 集中 あまり噛みすぎず ツルっと飲み込むのが たくさん食べるコツだ」
  3. ③「ずぞぞ 肉味噌の深い味わい 辛さ 酸味が混ざった 美味しさが 暖かい麺にのって 一直線に口の中に入り込んでくる 舌が これこれ この味 と スタンディングオベーション する 美味い 美味い と あっという間に 食べきってはいけない」

 さて、この三つの表現が、どの麺を表わしたものか、わかる人にはわかるでしょう。もうこれだけで、一度、食べたことのある人は、①が盛岡冷麺、②は椀子そば、③でじゃじゃ麺を指していることはすぐにわかると思います。麺そのものだけでも、こんなに豊かな表現を次から次へと繰り出されてしまうと、「食べたくなる」を通り越して、聴いただけ(読んだだけで)「食べた」気になってしまいます。①は冷えた冷麺の心地よい喉越しの感触とそれを追いかけてくる独特の味わいを思い起こし、②はつゆと蕎麦とが違和感なくすっと食道を通ってずっしりと胃袋に収まっていく様子、③は舌を喜ばせる複雑だが安心できる(これこれ!という感覚)味わいに一気に完食してしまいそうになる衝動が伝わってきます。それに連なる表現を読み通すと、さすが、さすが、と言わざるを得ないのです(残念ながら、ここではご紹介できませんが…)。

おいしいを感じる言葉 Sizzle Word

 2015年にB.M.FTという会社が刊行した『SIZZLE WORD シズルワードの現在』という本に出会うまで、私は「シズルワード」という言葉をまったく知りませんでした。私が長年愛用する辞書で「sizzle」を引くと「しゅーしゅーいう(音)」と日本語訳されており、「be sizzling hot」は「猛烈に暑い」だそうです(新リトル英和辞典/1982年、第4版初刷)。最近多用しているGoogle翻訳で「sizzle」を引いてみても「しゅーしゅー」と訳されます。これはやはり、あのオノマトペ(onomatopoeia)、つまり擬音語(物が発する音を字句で模倣したもの)、擬態語(状態や感情などの音を発しないものを字句で模倣したもの)のようです。この「しゅーしゅー」という言葉がどのような経緯で「美味しさ」と結びついたのかよくわからないのですが、「シズルワード」をググってみると(Googleで検索してみると)101,000件のサイトが表示されるので、かなり認知されている言葉のようです。
 さて本書では、“シズルワード”を「おいしそう」「食べたい」「飲みたい」と感じ、飲食欲を反射的に喚起する言葉と定義しています。そして、この会社が2003年からシズルワードを継続的に調査してきた結果をまとめたものが、本書であり、改訂を繰り返してきた最新版の一部をWebページで公開しています。ここでは、公開されている最新版をもとに、『おいしいを感じる言葉 SIZZLE WORD 2021』の調査結果をご紹介します。まず、シズルワードを大きく3つにわけています。①味覚・嗅覚に関わる“味覚系”、②触覚・聴覚に関わる“食感系”、③感覚ではなく知識や認知にかかわる“情報系”、です。

  1. ①味覚系の1位は「うま味のある」、次いで2位「コクのある」、3位「濃厚な」です。 4位以下「味わい深い」「風味豊かな」「やみつきになる」が続きます。”濃淡”でいうと、味覚系上位のシズルワードは、「濃」「深」「豊」「病み」など、“濃”系の文字を使った言葉になります。
  2. ②食感系の1位は「ジューシー」です。2位「もちもち」3位「もっちり」は、“もち”系の擬態語です。4位「とろける」も擬態語ですが、5位「サクサク」は擬音語です。食感系シズルワードのほとんどは、人の感覚を感覚のまま表した擬態語や擬音語です。
  3. ③情報系の1位は「贅沢な」、2位は「揚げたて」で、4位と6位は「焼きたて」「炊きたて」、2位「揚げたて」と同じ調理し“たて”の表現です。7位「新鮮な」は、食材の鮮度です。情報系のシズルワードは、食材の鮮度や調理したてなどの“新しさ”に関わる言葉が上位を占めています。ですが、8位9位は、新しさとは逆の価値を表す「完熟の」「熟成した」が入ってきます。

 こうした言葉を駆使して料理を語る(説明ではない)ことで、食する人は料理の味わいやその背景(食材や調理法、料理する人など)に敏感になれるのだと思います。とはいえ、もっと端的にひと言で惹きつけたい人には…3表現を合わせたランキングがお勧めです。

 味覚系、食感系、情報系の3分野を合わせたランキングをみます。
 1位は味覚系の「うま味のある」で、2位が食感系の「ジューシー」です。3位と5位が味覚系で「コクのある」「濃厚な」が続き4位と6位が食感系で「もちもち」「もっちり」が続きます。情報系は7位「贅沢な」、10位「揚げたて」、11位に「絶品」が入ります。

 とはいえ、この本(調査)のすごいところは、シズルワードを継続的に繰り返し調査・分析しているところです。最新版(2021年版)では、2006年から2021年までの15年間のシズルワードのトップランキングの変化が示されています。

  1. ①味覚系:「やみつきになる」がアップ 2016年から2021年の5年間、味覚系で大きく順位アップしたのは「やみつきになる」です。一方、味覚系トップ3の「うま味のある」「コクのある」「濃厚な」のうち、2016年まで順位アップの「濃厚な」が、2021年はわずかに順位ダウン。
  2. ②食感系:「もっちり」がアップ、「もちもち」に迫る 2006年から2021年まで着実に順位アップしたのは「もっちり」。「もちもち」は、2006年から食感系のトップを「ジューシー」と分け合ってきましたが、ここ数年、勢いは衰え気味、「もっちり」に追いつかれています。
  3. ③情報系:「贅沢な」が急アップ 2016年になって、トップ20に登場した「贅沢な」「絶品」が、2021年にさらに順位アップです。とくに「贅沢な」は、2011年の41位から2021年は7位と、ここ10年急アップです。

 現在の成長株の表現は、「やみつきになる」「もっちり」「贅沢な」ということのようです。料理の美味しさをどう表現するかという問題は、料理がまずあって、それを言葉でどう引き立たせるのかというのが正攻法ではありますが…。「やみつきになる」味覚に、「もっちり」した食感を与え、「贅沢な」イメージの料理であれば、大人気間違いなしと考えることもできます。こうした表現も繰り返しているうちに単調に聞こえ、飽きられてしまう可能性があります。そこでお勧めしたいのが、「味覚系表現104語」「食感系表現115語」「情報系表現117語」のリストです。こうした多くの言葉を駆使することで、くどうさんほどとはいえないものの、料理の「美味しさ」を引き立たせることができるのではないでしょうか。

出来の悪い家族のひとりのように

 料理には、特別なイメージと隣り合わせで、毎日食べても飽きない安心感を与える表現も必要となるのでしょう。鷲田清一さんが新聞の連載コラム(折々のことば)で、次のような言葉を紹介しています(朝日新聞、2021年1月23日付け朝刊)。

 ここのうどんがいかに旨(うま)いか、という話をするときでも、まるで出来の悪い家族のひとりについて話すような空気が流れた。(中原蒼二)

 数ある麺類の中でも、うどんはとりわけ身に優しいもの。腹に納めると体が芯からほどける。だからうどんについては誰も蘊(うんちく)を傾けたり、「どうだ」と凄(すご)んだりしない。これといった取り柄(え)もなく目立たぬ奴(やつ)ですが、いないと困る大事な奴ですと、客まで言いだしそうな気配がうどん屋には漂う。居酒屋店主の『わが日常茶飯』から。

 やはり、やはり、こうですよね。「いないと困る大事な奴です」と言えるような料理、ありますよね、きっと…。

朝岡 幸彦(あさおか ゆきひこ / 白梅学園大学特任教授/元東京農工大学教授)

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