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vol.23肉を食べるのはもうやめよう。 ~食と食育を考える100冊の本(5)

田上孝一『はじめての動物倫理学』集英社新書1060c、2021年

田上孝一『はじめての動物倫理学』集英社新書1060c、2021年

 「ベジタリアン」「ビーガン」という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。この本は、決してベジタリアやビーガンになれと説いているわけではありません。

 本書では肉食をはじめとする動物利用を明確に批判しているが、その意図はあくまで倫理学の立場からする問題提起である。肉食をするもしないも個人の自由とした上で、しかし個々人が自発的に肉食を抑制するのが倫理的に適切だと主張するということだ。あなたが食べている肉を取り上げて罵声を浴びせかけるようなことは全く意図されていない。このことをどうか理解していただきたいと願ってやまない。(p.248)

 動物倫理学というやや耳慣れない領域の学問(応用倫理学)の基本的な枠組みを解説している本書が、なぜ肉食の問題について踏み込んだ議論を展開せざるを得なくなっているのか。それは、「動物の権利」という考え方が動物倫理学のもっとも重要な理論的問題となるからです。ここでは、そもそも倫理学とは何か、「権利」という考え方は人間だけに適用されるものではないのか、人間とは異なる動物を権利の「主体」とするとはどういうことなのか、などの基本的な疑問にお答えするのは本書に譲ります。ひとまず、肉食の問題に直接関わる論点だけを取り出してご説明します。

動物とどう付き合うべきか

 動物園で飼育されている動物たちの展示方法が、大きく変わってきていることに気づいているでしょうか。生態展示と呼ばれる展示方法が有名ですが、これは環境エンリッチメントという動物にできるだけストレスのかからない展示方法として、その動物が本来生息している環境にできるだけ似せた飼育環境をつくろうとする考え方にたって改良されてきたからです。こうした考え方は「動物福祉(アニマルウェルフェア)」とも呼ばれています。
 こうした動物福祉の考え方は動物園の展示動物に限らず、実験動物や愛玩動物、野生動物、そして当然のこととして家畜動物にも適用されるものとされています。家畜動物の取り扱いについては、1979年にイギリスの家畜福祉委員会(farm animal welfare council:FAWC)の「5つの自由」の提案:①飢えおよび渇きからの自由(給餌・給水の確保)、②不快からの自由(適切な飼育環境の供給)、③苦痛・損傷・疾病からの自由(予防・診断・治療の適用)、④正常な行動発現の自由(適切な空間、刺激、仲間の存在)、⑤恐怖および苦悩からの自由(適切な取扱い)、がその後の家畜動物の取り扱いに影響を与えたとされています。その中でもとりわけ大きな問題とされてきたのが、採卵鶏のバタリーケージ飼育や母豚の妊娠ストールといった動物の閉じ込め飼育(ケージ飼育)でした。
  こうした動物福祉の考え方は、あくまで動物が人間の手段(客体)であって、その前提のもとで動物の飼い方に配慮すべきであるという視点の欠陥があると本書は主張します。

 しかし、動物倫理学はその本来の主題が動物の権利であるように、動物福祉的な取り組みは根本的に不十分であり、これを乗り越えて新たな質に転換させるべきことを訴える。それはそもそも動物をもっぱら人間のための手段として扱うことそれ自体が不正であり、やむをえない例外を除いて、動物の利用をなくすべきだという前提を持つからだ。そのため、動物倫理学では畜産をはじめとした商業的な動物利用それ自体が間違っており、最終的な廃絶を目指して・・・・・・・・・・・できる限り縮減されてゆくべきだと考える。(p.107)

 とはいえ、著者もこれが「はるかな目標」であることを認めており、実現できる形を可能な限り実践することで、「動物利用の永続化」を前提として考え・行動することはやめようと訴えているのです。具体的には、「肉をはじめとした動物性食品を極力摂らなかったり、動物性の皮革ではなく合成皮革を用いたりすることを心がけるような生活」を勧めています。

環境問題としての肉食

 ここでまず、肉食が倫理的な問題とは別に、私たちがいま直面している地球レベルでの環境問題にも大きな問題を引き起こしていることに触れましょう。SDGs(持続可能な開発目標)の中に、「目標2 飢餓をゼロに」「目標13 気候変動に具体的な対策を」などの目標があることはご存じでしょう。例えば、先進国が消費する穀類の約半分が家畜の飼料(エサ)となっており、飼料用穀物を減らせば世界中の人びとが飢えることはないなどのよく知られた事実があります。さらに、大型の家畜である牛の「ゲップ」が温暖化に大きく寄与していることも…

 牛は草食動物であり、草食動物はセルロースを完全に消化するために胃のなかに大量の微生物を共生させ、この微生物の力で草を発酵させる。牛には四つの胃があり、メインとなる第一胃で定期的にゲップをしてメタンを吐きだす。この「牛のゲップ」によるメタンの排出が地球温暖化の元凶の一つになっていることは、今はある程度知られているのではないだろうか。(p.114)

 家畜が環境問題を引き起こすと指摘されている事実はこれにとどまらず、「目標6 安全な水とトイレを世界中に」で問題となっている限られた淡水資源の多くを家畜が利用するだけでなく、大量の糞尿が水質を汚染することもよく知られています。さらに、「目標 15陸の豊かさも守ろう」で問題となる熱帯雨林をはじめとした農地開発が、森林資源の縮小や生物多様性の喪失を引き起こしていることも事実です。
 こうした家畜の飼養による環境問題の深刻化の原因が、急激な人口増加に伴う「工場畜産」の誕生と拡大によるものであることは明らかです。

 現在の主流となる畜産はCAFOである。これはconcentrated animal feeding operationの略で、文字通り動物を一箇所の巨大な飼育場に集中させ、工場運営方式で管理して行なう畜産のあり方である。現代の畜産で主として育成される動物は牛・豚・鶏であるが、それぞれにCAFOが取り入れられ、飼育場の規模も大型化している。こうした現代主流の畜産はまさに「工場畜産」であり、動物は「生きた工業製品」として扱われる。(p.113)

 こうして家畜を飼うこと自体が問題ではなく、CAFOのような「工場畜産」によって大量の家畜を集中・集積して飼育することが問題なのだと考えることもできます。昔のように放牧された牛がのんびり牧草だけで育ち、豚も人間の残飯や森のドングリなどの木の実で太り、鶏は平飼いで自由に動き回れるようにすれば環境問題の多くは解決できそうです。私たちは、やたらに家畜の肉を食べたがらずに、地球環境のバランスを崩さない範囲で家畜を飼って、その副産物を消費することを心がければ良いことになります。  さらに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが依然として「収束」しない状況の中で、人獣共通感染症のリスクについても意識する必要があります。感染源となる可能性の高い野生動物と人とが直接接触する機会は多くなく、人と野生動物との間に位置する家畜等の役割が注目されるのです。もちろん、人は家畜とともに生活することで早期に免疫を獲得して重症化しにくいなどの効果があることは、ジェンナーの種痘(牛痘の接種)の着想のもとになったとされる「牛の乳を絞る農民は天然痘に罹りにくい」という言い伝えや、ジャレッド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』からもわかります。

倫理問題としての肉食

 ところが動物倫理学が提起する「動物の権利」という考え方が、家畜の大量飼養に伴う環境問題だけを問題にしているわけではないことはすぐにわかります。CAFOと呼ばれる飼育方法とそれに適した品種改良が、動物虐待を必然的に引き起こすことも、十分に想像できるのです。

 現代の肉養鶏の主要品種がブロイラーであることはよく知られている。しかしこの鶏がどのような生き物であるかは、ほとんど知られていない。現在のブロイラーは極限的な品種改良によって驚くべき速度で急激に肥大化し、信じられないほど早く出荷できるようになっている。孵化から実に二月と経たずに成長のピークに達し、食肉加工されてゆくのである。この間ブロイラーは満員電車のような過密状態で育てられる。当然運動不足になるが、ブロイラーの場合はもはや運動すらまともにできないくらい急激に肥大する。あまりにも早く肥大するので、身体の成長に脚の筋肉が追い付かず、我々が鶏でイメージするような、すばしこく走り回ることなどできないのである。とにかくひたすらエサを与えられ続け、身体を肥大化させていく。ブロイラーの中には、急激に巨大化した自らの上半身にか細い脚が耐えられず、立ち上がっただけで自らの重みで骨折してしまう鶏もいる。そして人間であればまだ幼児に当たるような早い時期にその生命が絶たれる。
 長生きするブロイラーというのがほとんどいないため、その本来の寿命はわからないが、ブロイラーも鶏である限り、殺さなければ10年程度は生きるだろうと考えられている。だとすると実に本来の寿命の70分の1前後で殺されることになる。これは人間でいえば丸々と太った幼児を殺しているようなもので、想像の一歩先にある奇怪な現実である。
 このように太りすぎてまともに動けないブロイラーではあるものの、ギュウギュウ詰めにされるストレスは甚大であり、お互いに嘴で突き合って殺し合いをしてしまうため、あらかじめ嘴の先を切り落としておく、嘴には神経が集中していて切り落とされることは激痛のはずだが、コストを考えて麻酔などしない。こんな飼育環境なので当然すぐに病気になって死んでしまうので、薬漬けにするのは前提である。(p.121-123)

 文字通り「不都合な真実」を突きつけられたようで、鶏肉を食べるたびに嫌な気分にさせられそうです。動物福祉に配慮した環境のもとで健康に育てられている家畜のお肉が高価で、なかなか私たちの口には入らないしろものであることを考えると、私たちも動物虐待に加担していると言わざるを得ないのでしょう。
 では、一部のベジタリアンたちが伝統的に許容してきた卵(オボ)と乳(ラクト)を消費する(食べる)ことには倫理的な問題がないのでしょうか。

 鶏は食用と卵用では品種が異なるので、オスの卵鶏を通常は食用にすることはない。成体にまで育てる必要があるのは主としてメスのみである。当然、経済的な果実を生まないオスの卵鶏をあえて育てる理由はない。種付け用に一部だけ生かしておけばよい。大多数のオスは生まれてすぐに廃棄されるのである。その処分方法はガスを使うのはまだ良心的なほうで、より簡単でコストのかからないやり方が採用されるのが常である。シュレッダーに放り込んで切り刻むのは、見た目はショックだが瞬殺されて苦しみが少ないという救いがあるかもしれない。しかしヒヨコの苦しみなど全く無視した最も低コストな方法が採用される場合もある。それは大型のゴミ箱にただ無造作にヒヨコを捨てていくのである。捨てられたヒヨコは積み重なっていく内に圧死する。(p.124-125)

  もう、これぐらいにしておきましょう。私たちがこうした家畜(鶏)の境遇(動物虐待)に嫌悪感を感じるのは、家畜が生きた動物であって、私たち人間と本質的には変わらない命であることを潜在的に意識しているからです。しかし、現実には牛や豚、鶏の虐待をいちいち意識することなくお肉が食べられるのは、私たちの意識のどこかに家畜は人間によって「改良」された動物であって、愛玩動物(ペット)や野生動物とは違って人間に食べられるために育てられた「手段」なんだと割り切っているのかもしれません。ここに、動物倫理学が問題にする動物を権利の主体(目的)とするという視点の鋭さがあるのです。

日常で無理なくできる実践は…

 いま私たちが口にしているお肉や卵、乳製品のほとんどすべてが動物虐待であり、「動物の権利」を侵害しているなどと言われると、一切の動物性食品を除去した完璧なビーガンになることを求められているような気がします。そんなのは「絶対に無理!」という声が聞こえてきそうです。私も無理です。著者は規範の提起は「自分を基準にしない・・・・・・・・・というのが大事な条件になる」と指摘しており、多くの人が心がけることで無理なく実践できる方法が求められます。

 そこで現在の日本で無理なくできる実践としては、自宅でなるべくビーガン、もしくはビーガンに近い食事をし、外食にあっては動物成分の極力少ないメニューを選択するという形になるだろう。
 このような食生活は原則として動物成分を一切遮断するわけではないのでビーガンの食事とはいえないが、ビーガンを正しい理念として目標にし、それに近づくように努力するビーガン志向的な食生活である。このような食生活について、今日では厳格ではなくフレキスブルに動物成分を避けるようにするという意味でフレキシタリアンといったり、動物成分を削減しようとするという意味でリデュースタリアンといったりするが、こうしたフレキシタリアンやリデュースタリアンを入口にしてビーガンを目指していくというのが、今日の日本で広く勧めることのできる望ましい食生活の規範だろう。(p.133)

 ここに来て、このなんとも切ない状況を打開してくれるかもしれない現象が起こり始めています。それは代替肉(大豆ミート)の改良と普及です。

 コンビニやファストフードでもおなじみとなった「大豆ミート」。その生産量で国内5割超のトップシェアを誇る企業が大阪にある。開発を始めたのは半世紀以上前にさかのぼるが、長く赤字続きだった。脇役だった事業はいま、収益の柱になりつつある。 テーブルに並んだ「ギョーザ」に「油淋鶏(ユーリンチー)」……。今年1月、大阪・難波に大豆ミートの料理を売るキッチンカーが現れた。どれも見た目は本物に近い。風味はあっさりしているが、それを目当てに繰り返し訪れる客も多いという。
 作ったのは、食品メーカーの不二製油(大阪府泉佐野市)。1950年に創業した後発の食用油メーカーで、油脂や業務用チョコレート、クリームなどを製造し、食品会社や飲食店に提供する「裏方」の企業だ。カップ麺の油揚げやコンビニで売られているチョコレートなど、消費者になじみの深い商品にも同社の製品が多く使われている。
 その一角で成長著しいのが大豆ミートだ。再現できるのは鶏肉や牛肉だけでなく魚介など変幻自在。業務用に販売している素材は約60種類にのぼる。国内での大豆ミートを含む事業の売り上げは、コロナ禍で他の事業が軒並み減収となった一方、6億円の増収となった。(朝日新聞、2022年2月11日付、朝刊)

 スーパーのお肉コーナーやコンビニでも次第におなじみになりつつある大豆ミートですが、人工肉をパテにした「インポッシブルバーガー」など、欧米ではすでに代替肉市場が食肉市場の4〜10%を占めており、数年で倍増が予測されています(朝日新聞、2019年11月28日付)。カニカマ(カニ風味カマボコ)が広く食べられているように、代替肉が本物かそれ以上の食味で多く食べられる時代が意外と早く来るのかもしれません。

朝岡 幸彦(あさおか ゆきひこ / 白梅学園大学特任教授/元東京農工大学教授)

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